なろう評論会「温泉卵作品について」

『我にチートを』人妻?未亡人?愛人?

もりやん

我にチートを』1日で読み終えて『俺のロボ』をもりもり読んでますよ。

singingroot

いやあれ結構分量あったような……?
まあ月イチ更新なのでめっちゃ進行遅いですが。

もりやん

結構時間取られましたねw
いやあなにか、死ぬほど面白くて止まらないっていうんじゃないけど、ついつい止まらなくなるタイプの作品ってありますよね……。

singingroot

温泉卵氏のはそういうタイプの作品ですねー。

もりやん

そしてノクタだけど一般レーベルなんですね。実際その方がいいと思うけど。

singingroot

まあエロ要素とか絶無に近いので。 植田亮絵でしたっけ。

もりやん

ですね。

singingroot

まあニーナさんとのエロは……あったらあったでありがとうございますなんだけどまあないだろうし、それでいいんだうんうんみたいな感じですね。

もりやん

まあ現状ニーナさんがアレなので、当面はアレですが。
エロでいうとアリさんの秘部アーマーがシャコンと開いて、これ下手したらちょん切れるな1ってあたりがフェティッシュでよかったですね。

singingroot

いや分からんでもないですけど、そこかーw
個人的には精霊たちとの関係が好きかな。

もりやん

エロという意味ではなく、なんというか「大人の小説」という意味では、そこですね。
後に「あれが理想のハーレムだったよなあ」って思い返すあたりが好き。

singingroot

年齢制限ある方でないとできない表現ってのはそうですね。

もりやん

"異世界は人妻とともに #イセヅマ"とかいうネタも自分で考えていたので、最初はイセヅマになるものとばかり思ってましたが、まさか人妻ヒロインがフロリア先生で打ち止めとは……。

singingroot

まあでもヒロインがほぼ「いわゆる小娘キャラ」じゃないってのはそうだとは思います。

もりやん

ふたりとも人妻になった百合コンビもいましたけどねw

singingroot

精霊sにも未亡人はいましたよね、確か……マジでうろ覚えですが。

もりやん

水の人ですね。正確には昔男はいたけど根性無しでセックスするまえにフラれたから処女2。結局ドラゴン含めて全員処女でしたからね。

singingroot

そか、そうするとあんまり人妻感(?)はないかもですね。

もりやん

フロリア先生も、未亡人みたいな後腐れのなさっていうか、人妻が一番後腐れないって設定ですからね。だからイセヅマなのかと思ったんだけど……。

singingroot

そういう世界観ですからね。

もりやん

意外とエリンさんがやらせてくれないのよなあ……。

singingroot

うーん、そこは個人的にはあんまり意外ではないかもですねえ。
なんだろ、性交渉にギブアンドテイクみたいな感覚があって、そこでエリンさんに何かを提供できる感覚がないから……なのかなあ。

もりやん

まあ意外ではないけど一番色気を感じるじゃないですか!

singingroot

そこはでも、一番色気を感じる相手だからヤる、ヤれるっていう世界観じゃないじゃないですかw

もりやん

それは言えてるw
なんだろ、性交渉というか、愛人関係を描いてる作品ですよねこれ。

singingroot

現代日本的な意味での恋人じゃないですね。

もりやん

エリンさん、農園に引きこもってて子供たち以外とあんまり交渉がなさそうだから、したいときに訪ねたらやらせてくれそうなところも込みでイイんですけどねえ……。
逆に、現地妻抱きにじゃなくて仕事しに試練の谷行くのほんとサイテーと思いますけどw

singingroot

あれはなあw
あくまで個人的な感覚だけど、エリンさんを訪ねてやらせてもらうとして、そこで相手にもなにかしらをあげられるんだったらそういう展開もありかな、っていう感覚ですね、やっぱり。

もりやん

エリンさんが明らかに男を求めてないですからねえ……。
あと、百合夫婦を抱きに行ってる形跡がないのもサイテーだと思う。

singingroot

恋人じゃなくて愛人だよって話と関連しますけど、相手が好きだよって気持ちに基づいた関係とはいい難いですからねえ。
相手への好意を示すっていう儀礼があんまり重要視されないという。

もりやん

抱いたら好きになっちゃうけどw

singingroot

うん、内面の気持ちとして好きは好きなんだけど、関係性としては、好きを全面に押し出すものとは違うという。 そこは、内面の気持ちとして好きは好きなんだけど、関係性としては、好きを全面に押し出すものとは違うという感じかな。

『我にチートを』ニーナさんとの関係

もりやん

ああ、そういう意味では、ニーナさんを抱いてないってのがやっぱ構造的に重要なんだな。
主人公から唯一好き好きアピールを受けてる存在が、でも抱かれてはいないっていうバランス。

singingroot

いやそれはもうすごくすごく大事なことですよ。
ニーナさんが復活して、そんでじゃあどうなるんだコレって思いますもの。

もりやん

心の妻>思い姫>現地妻というか……。

singingroot

明らかに心の妻なんだけど、そう宣言してはいないんですよね、あくまで心の中だけで……。
それどころか、地の文でも明言してないんだったかな? してましたっけか。

もりやん

してないっぽいですね。好きって気持ちより、ニーナさんを失いたくないって気持ちが前面に出てますからね、やっぱり。「そばに居てくれれば満足」ってのと、実際問題消滅の危機ってのと、両面で。

singingroot

それはありますね。だからこそ、復活しちゃったら二人の関係がどうなるのかが予想がつかない。
まあ勢いで告白まで行っちゃうなら分かりやすいですけど、この二人がそうなるかあ?という。

もりやん

ニーナさんの側が、人形姫としての使命感で、ご主人様を卒業させないとみたいなところがありましたけど、それがなくなってどうなるかってとこですよね。これはどっかで主人公も言ってたけど。3
ただ、ニーナさんがご主人様に会えない期間でかなりこじらせてる感じがするので……。

singingroot

そこも気になりますね。会おうとしたらめっちゃ照れてて会えない、みたいな感じでしたっけ。

もりやん

いや、培養槽で全裸だから、恥ずかしくて見られたくない的な感じでしたね。肌を見られるとかいうより、「お見せできる状態ではない」的なニュアンスで。

 どうも裸だけじゃなくて、培養槽に浸ってる姿を見られたくないようなんだよな。女の子の考えることはわからん。 (我にチートを - ラブレター

singingroot

ありがとうございます。この辺読んで、ニーナさんの心理を脳内補完したのがうろ覚えになってたっぽいですね。

もりやん

ここ非常に印象的なところで、たぶん「元はウッドゴーレムだから恥ずかしくないけど、自分の肉体だと恥ずかしい」っていう要素と、「ご主人様を意識し始めちゃってるから恥ずかしい」っていう要素が、従来の関係性との変化としてありそう。

singingroot

関係は明らかに変化してますからねえ。
ともあれこの作品はニーナさんの存在感が(かなりの期間不在なのに)すごく大きいので、そこどうなるかは本当に気になるんですが……いつ復活するのかな、リアル時間で……。

もりやん

来年中くらい?w

singingroot

それは早いほうだと思う(真顔)
まあでもエタらないだけめちゃくちゃエラいんですけどね。尊敬してますよ温泉卵先生は。

もりやん

それも言えてるw

『俺のロボ』タイトル反省会と「分かる」瞬間

もりやん

んでねー、『俺のロボ』も基地出張編くらいまで読んだんですけど。

singingroot

はやいw

もりやん

まず両方共タイトルをあと5分考えろとは言いたいw

singingroot

www

もりやん

見た目のつまんなさそうさが半端ないw 内容が何一つ伝わってこないですからね。
「人形姫」「近接さん」というワードまでたどり着くとだいぶ見えてくるんですが。

singingroot

まあそこはこう、逆張りとまでは言わないにしても、ちょっとタイトルを飾るのが恥ずかしかったのかなみたいなゲスパーをしてますが。
しかし考えてみると、『我にチート』を、書籍版でもタイトル変えなかったの蛮勇ですね。

もりやん

『残念勇者と人形姫』とかだったらもっと早く読んでたよw
んで、たぶんそれぞれのテーマっていうと我チは「文明」で俺ロボは「エスパー」だと思うんですけど。「人形姫」と「近接さん」というワードからはその片鱗くらいは感じられる。

singingroot

そこは……でもそれを言い出すと、タイトルはテーマを反映すべきか、というかそもそもテーマを大上段に提示すべきかみたいな議論にも入ってきませんか?
まあ提示した方がキャッチーなのはその通りだとは思いますが。

もりやん

まあそうなんだけど、もうちょっと面白そうなツラしてないと俺が見つけられないだろ!!

singingroot

まあ何もかもまず読まれないと始まらないってのは正論ですからねw

もりやん

ていうか、俺ロボ最初わかんなくて一回切ったんですよ。こないだ紹介されてから。

singingroot

ほほう。

もりやん

我チのほうがちょっと良さがわかりやすかったんで、そっちは読み切ることができて、それから俺ロボに戻ったんですけど。

singingroot

ちなみにどの辺で切りました?

もりやん

6話くらいかなあ……?

singingroot

あー、ゲーセンでゲームやってるだけのとこ
そもそもザック氏がどんだけ人外かとかあまり明かされてない時期ですかね。

もりやん

惜しかったんですよね。もうちょっと読めば主人公がある種の超人だってことが匂ってきたんですけど。ギャランティが入るあたりで。
まず自分がスーパープレイを連発してることに気づいてないんだもんコイツw

singingroot

そういう作品だしこういう序盤だからこその味ってのはありますけど、まーとっつきにくいですよね実際。

もりやん

あのへんで、「これって弾道予測線を予測するゲームでしょ?4とかのたまってるレベルの狂人だということが読者にもわかってくるんですけどw

singingroot

『我にチートを』と違って周囲に親切な女性がだいぶ少ないってのはあるでしょうね。

もりやん

ベティちゃんだけだからなあ……w

singingroot

狂人ザック氏がつらつら一人称で語るんですけど、それをフォローしてくれるヤツがいないという……。
オッサンだからか、オッサンだから悪いのか。

もりやん

ちゃんとパンピーのオッサンが「あんなことは常人にはできないから!」って言ってるんだけど、まあ「言っちゃ悪いけど、君らのレベルが低すぎるだけでしょ?」というふうにも読めちゃうしw

singingroot

そこはただ、ザック氏の世界ではそれは事実なんですよね。
あの一人称の世界では「ザックは超人じゃない」ってのは普通に事実で、だけど他人の世界からするとそうじゃないんですよ、多分。

もりやん

親切な女性っていうか、女性プレイヤーというか、とにかく女の人がゲームのうまさを褒めてくれないのが悪い!
リンリンもただの傭兵だからそのへん全然わかってないし!

singingroot

ニンジャマスターとしての強さは認めてるけど、ザック氏の方はその認識に困惑してて、すれ違ってる感じですかねえ……。

もりやん

ソードアート・オンライン』だったら、アインクラッドのアイドルアスナちゃんが構ってくるから、タダモンじゃあないんだなってすぐわかるじゃないですか!
まああれも、強かったからじゃなくて昼寝してたからなんだけど……。

singingroot

SAOは確かにそーゆー構造ですねえ。

もりやん

「リアルで傭兵が驚くレベルの運動性能を発揮できる」という表現も充分異常さは伝わるんですけど、それが価値保証に繋がっていないところがミソなんだよねえ。

singingroot

SAOってキリトさんがアスナさん達に引っ張られて世界と関わるようになるっていうモチーフが一つあるわけですけども。

もりやん

それは『アクセル・ワールド』でも似たような構造ですね。

singingroot

さっき書いたことにも関連しますけど、本作には「世界」っていう場所は、少なくとも目に見えるものとしては描かれない構造になってると思ってるんですね。
あくまでザックの目から見た世界、リンリンの目から見た世界、ってのがあって、それらは融け合わない。

もりやん

「世界」っていうか、語弊を承知でいうと「世界ランキング」っていうか?

singingroot

うん、そういうのも含んでの話です。

もりやん

共通する価値観……価値軸?のことですよね。

singingroot

そうそう、もりやんさんのおっしゃった「価値保証」ってのは、成立し得ない。共通市場がないから。
金銭感覚が崩壊してるじゃないですか、作中でも。共有できる価値観、市場がないんですよ。

もりやん

SAOの場合、「アスナが気にかけてる」から始まり、「あの世界でも最強クラスの戦力」っていうのが提示されて、最終的に「アインクラッドを攻略しうる切り札」ということがわかるわけですが。
何より、まず、モテるということが一番大事でしょう。やっぱり。

singingroot

それがキリトさんの価値を保証している、という意味で、ですよね(こう言うとすごいゲスくなる……)

もりやん

まさにそうです。美少女本位制ですよ。

singingroot

やめれやwww

もりやん

そこをすっ飛ばしているので、何億円稼いでも読者としても実感が得にくい。

singingroot

読んでて結局なんなんだ?ってなりますよね、実際。
基地編とか、最後まで読んで、結局なんなん?ってなりますもん、本当に。ベティさん出ないし
そういうとこ、個人的には嫌いではないのだけれども、とっつきにくくはある。

『俺のロボ』ゲーマー文芸、『ウメハラ』との比較

もりやん

……その辺、僕がずっと考えてるゲーマー文芸論の骨子でもあるんですけど。

singingroot

ほほう。

もりやん

Twitterで書いたのはこのへんなんですけど。

singingroot

ものっそ流し読みして、梗概は把握です。
多分昔読んだと思うし、普通に話としては分かりますし。

もりやん

僕と彼女のゲーム戦争』とかも、ゲーム頑張ったら美少女にモテる話なんですよね。
んで、実際プロゲーマーが誕生してきた世相との絡みなどもありまして……。

singingroot

ここで言うゲーム文芸論は、ゲームを題材にした文芸において、いかにしてゲームをやることに対して意味付けを行うかの、みたいな把握でいいですか?

もりやん

だいたいそうです。あと、ゲームの社会問題化に対して、あるいはゲームという文化が直面する問題に対して、文芸はなにができるのかみたいな話でもあります。
僕の基本的な考えとしては、ゲームの根本的な楽しさは無価値さ=社会的価値観からの切断そのものであって、無価値だからこそ自由だし、あるいは無価値なものに勝手に価値を見出すことに意義がある。
マルドゥック・スクランブル』でも、人間に価値があるのではなく、人間が価値を生み出すのだ5みたいな話がありましたけどね。
んで、MMORPGというものは一度そういう無価値の価値を破壊してしまったと思うんです。アレはプレイヤーが支払う時間コストに対して、保証を与えつつもダンピングを行った。
つまり、プレイ時間を投入することである程度他のプレイヤーに対してデカいツラができる、といった形で。
一方で、月額課金制なので大量の時間コストを投入しなければ相対優位に立てない。立ちようがない。ここでプレイヤーは自ら価値を規定する権利を手放してしまった

singingroot

その辺りの把握には同意です。

もりやん

「ゲームで強くなればモテる」という文学の成立は、ゲーム内のバーチャルな人間関係の成立という要素に加えて、このようにゲームそのものの価値ではなく、ゲームによって得られる現世利益が求められる状況があった。
この点はソシャゲも似たような構造にあって、時間ではなくカネを投入することでデカいツラができるってのがある。 んで、そこでいわば古典回帰派ゲーマー文芸があると思っていて、漫画『ウメハラ』がそうですし、たぶん『連射王』もそう。
単純に舞台となる時代が古い分『ウメハラ』がわかりやすいと思うけど、誰にも認めてもらえないけど自分の満足のためにやる、相手に「わからせる」ために戦う。
互いに納得いく形で決着を付けようみたいな美学は俺ロボにもありますよね。ちょっとはw

singingroot

んんんー……ゲームでモテる話と、『ウメハラ』の間に対立構造を見てます?

もりやん

対立というより時代の変化かな。「今は『ウメハラ』の時代じゃない」ということは厳然たる事実としてある。
現代における文芸の派閥としては対立関係に近いと言えるかもしれない。
んで、僕個人の考えとしては、「現世利益を求めるためのゲーム」という思想はゲーム文化を衰退させそうなので、文芸としてはゲームそのものの「無価値の価値」をどうにか称揚しなければならないと思っている。

singingroot

個人的にはそこはちょっと納得がいかなくて、ええと。まず主人公が『ゲームをやってること』が誰かに受け入れられないと、なかなかエンタメとしては成立しない。
で、『誰に受け入れられるのか』っていったときに、それが美少女か、同好の士であるおっさんか、っていうとこに、区別を持ち込むことにあまり意義を見いだせないというか。
ウメハラ』って、再発見だと思ってるんですよ。「美少女がゲームを認めてくれる」作品が出てきたんだったら、「おっさん同士でゲームを認め合う」作品があってもいいじゃん、みたいな。

もりやん

それは、同好の士のおっさんの価値はゲームに担保される価値ですが、美少女はゲーム関係ない価値だから違うという考えです。

singingroot

ええと、想定してる作品がなにかにもよると思うんですが、例えば『僕と彼女のゲーム戦争』だったらゲーム上手い(没入という異能がある)とこにモテる一つの鍵があるわけですよね、そこはゲーム関係ない?

もりやん

モテる理由がゲームの上手さじゃなくても、モテる嬉しさは変わらんよね」……と言ったらいいかな?
もちろん、自分の一番の(唯一の)長所を認めてもらえれば、それはそういう気持ちよさもあるわけですが。

singingroot

ああいや、そうか、もりやんさんが価値って言ってるのは、「作中人物が主人公orゲームに対して感じてる価値」のことじゃなくて、「読者が主人公がゲームを通じて得たものに対して感じる価値」のことなのか。

もりやん

そうですね。んで畢竟、SAOを代表とするMMORPGネタの作品の多くは、「ゲームを通じてモテる話」、つまり現世利益であって、ゲーマー文芸としては不純だという考えです。というか、現世利益を提示するからこそMMORPGがネタになりやすいのだと思っている。
ソシャゲの世界に入るやつも、やること変わってへんし。

singingroot

そうだなあ……うーん。
だとすると、むしろ俺のロボに関しては、第三の分類だと主張したくなるかもしれない。
「ゲームやってることを認められなくてもいい」と「ゲームやってることを同好の士以外には認められなくてもいい」には相当な差があって。
俺のロボは前者の価値観だし、『ウメハラ』は後者だと思うんです。

もりやん

まあそこは、『ウメハラ』では実際ゲーセンの人間関係が心地いいと書かれてはいる。

singingroot

互いに納得いく形で決着を付けようみたいな美学は俺ロボにもありますよね。ちょっとはwっていう風に仰られてましたけど、確か、俺ロボでは、その美学は相手には受け入れられてなかったんじゃなかったかなあと。

もりやん

そうですね。互いの了解すらない。そこは明確に違う。

singingroot

あくまでザック氏の中でだけある話で、しかも本人がどこまで本気かも明確ではないような。

もりやん

そこいくと、ナラケンとか完全にツンデレですしね。

singingroot

実質美少女では?

もりやん

ただ、認めてくれる相手がいうてもナラケンというところはやっぱりSAOとは違うw
というのは、主人公であるウメハラ自身、(少なくともあの時代において)そういうプレイヤー同士の絆みたいなものを全肯定できていない。
無価値であることがわかっていて、それでもなおそれを選ぶ、あるいはそれしか選べない。そこがキモじゃないですか。 ナラケンもいなくなっちゃいますしね。BeasTVに出てたけどw6

singingroot

その点でSAOと違う点のある作品であることは分かります。

もりやん

僕としては現世利益を求めるかどうかってところでひとつ分けておきたい。

singingroot

私はあんまり、なんだろう、ゲームが無価値だと世間から思われてるっていうのを、あまり内面化してきた経験がないんですよね。
だからピンと来ないのかもしれないけれども……。

もりやん

ゲームやってて親に怒られたりは?

singingroot

いやあんまり……割と放任気味というか、私が他人の視線ガン無視だっただけかもですがw

もりやん

なるほど。僕はあります。そこはけっこう受け取り方が違いそうですね。
ましてや、『ウメハラ』はゲーセンが「不良の溜まり場」だった時代ですからね……。

singingroot

そこの空気感が分からない人間には結構分からないんですよね、多分。
だからこそ今『ウメハラ』っていう作品が成立してるんだとも思ってますが。本当にゲーセンが不良の溜まり場だった時代だったら成立しない、的な意味で。

もりやん

第1話で長々やってますけど、今やウメハラは実際にゲームで生活してますからね。

singingroot

そこはだから、今さらそういう話をやるのって……なんかちょっとズルいなあ、という若干言いがかりに近い感情はなくもなかったりしますかねえ、いやマジで言いがかりですが。
ただしウメハラ姉は可愛い。

もりやん

ムダヅモ無き改革の女性キャラのような可愛さある。
あんなイイ女なんですかねウメハラシスターw

singingroot

気の迷いで"ウメハラ 姉"でググったことはあります

もりやん

あ、結果は言わなくていいw

singingroot

いやなんも情報なかったですよw

もりやん

それも含めてだようw

singingroot

すまぬw
ともあれSAOと『ウメハラ』の間に差があることは分かります。で、同時に、『ウメハラ』と俺のロボの間にも断絶があるよね、というのが個人的な立場ですね。

もりやん

まあ偽史的な言い方をしちゃえば、MMORPG以前の価値観っていうところで、「誰もゲームの価値を保証してくれない時代」があって、基本的に『ウメハラ』はその時代の価値観を描いていると思っている。
ウメハラ』、ヌキ(セイヴァー・ZERO3)編とナラケン(スト2)編があるわけですけど、結局比重が大きいのは後者なんですよね。 んで、ヌキ編は全国大会だけどナラケン編は野試合。
いちおう時代考証的にはすでに全国大会があって、賞金とかも出るには出ていたんだけど、それで世の中には認められないっていうのがテーマで、それをより深く抉ったのが互いの納得だけの戦いを描いたナラケン編であると。
そういう意味では、俺ロボは時代的にはMMORPG以降、バリバリのプロゲーマー時代で、世の中には認められるしカネももらえるし人より贅沢な生活すらできる、でもそこに自分で価値を見いだせないっていう話ですよね。
付け加えると、MMORPGの登場によって「ゲームに自分の価値を担保してもらえる」という概念が現実味を帯びてきて、そこから「ゲームを通じてモテる」という妄想が生まれた。
そして、プロゲーマー時代では、それが妄想でもなんでもなくなりつつある。という感じですね。「現世利益」という軸で考えると。

singingroot

ううむ、話は分かるんですけど、そこの時代を描いた作品として俺のロボを位置づけると、興味深いんだけど話が結構ややこしくなりますよね。
プロゲーマー時代は「誰とも分からない群衆」にはゲームの価値を認められはするけど、それはある意味ではほとんどのパンピーにとっては価値を認めてもらえないのと同じだし、というのはいいとして。

もりやん

まあ、野球選手と同じなら充分ですよね。
これは俺ロボはいったんおいといての話ですけど。競技で成功すれば社会的にも成功者とみなされる、と。

singingroot

俺のロボ置いとくなら、その辺りの筋には同意です。

もりやん

あしたのジョー』の紀ちゃんだって、今やボクシングに捧げる青春を「くらすぎる」とは言わんでしょう。そういう違いですよね。7
青春と呼ぶにはあまりにもくらすぎるわ!
んで、俺ロボの「時代背景」をいうなら、基本的にはゲームで成功者になれる時代ではある。ではあるんだけど、ガーディアントルーパーズがゲイツ8の作ったある種のオーパーツだってのがちょっと……ズルいところでw
ガーディアントルーパーズが現役じゃなくなったら、また別のゲームで稼ぐ、っていうビジョンが全く見えてこないんですよね。

singingroot

いやまあそもそも成功者の意味が明らかに違いますよね、いわゆるe-sportsという言葉で普通イメージするものとは。
ビリー氏にお金もらうのと、EVOで優勝して賞金得るのとでは、何もかもが違いすぎる……。

もりやん

そう。野球の一流もサッカーの一流も、どちらも超人であり金持ちで、e-sportsが完全に成立すれば、やってるゲームがなんだろうが同じように認められるはず。でも、俺ロボのそれはビリーのオモチャでしかない。
ただ、本質的に重要なのは、ザック自身にその気がないという点だと思うんです。詩的にいうなら「旗を揚げる」気がない。
それはビリーが信用できないとか、兵器開発に流れ込むカネだからとかじゃなくて、単に個人の価値観として興味がない。能力を最大限に発揮しようとか、要はモテようとしていない。
じゃあなんのために彼はゲームをやるのか。最初はただのストレス解消でしょうけど、今やリンクスと添い遂げるため……じゃないですかね? つまり俺の嫁はリンクス。

singingroot

ああ、そこに話題がやってくるんですね。

もりやん

そう。んで、その観点からして、「プロゲーマー時代」であることも、「ガーディアントルーパーズがオーパーツであること」も評価できると思っていて。

『俺のロボ』ガーディアントルーパーズはゲームじゃない?

もりやん

つまり、この時代って、ゲームでセックスができる時代なんですよ!!
言い直すと、生きがいになりえるほどの体験が得られるレベルの高品質なゲームが実在している……ってことです。そういう意味では、本質的にゲームというよりVRを描いていると言っていいかもしれない。

singingroot

ああ、その言葉がもりやんさんから出てきてよかったです。
いやさっきから、そもそも俺のロボで描いてるものをゲームと呼んでいいのかってことを言い出そうかちょっと迷ってたので。

もりやん

そこ結構重要だと思いますね。

singingroot

ゲームという言葉は割とバズワードに近いとこもあると思うんです、いろんなものを含んでしまう。電源ゲームでも、一人用とか対戦ゲーとかあるし、一人用でも対戦できたりする(RTAとかスコアアタックとか)。

もりやん

そうですね。僕が言ってるのは基本的にコンピューターゲームのことではあります。個人的には非電源ゲームも嗜むんですけど。

singingroot

だからまあ別にガーディアントルーパーズだって何だってゲームって呼んでもいいっちゃいいんだけど、ただ、格ゲーでe-sportsだーっつって言ってるものとは、それはかなりズレたものなので。そこでガーディアントルーパーズも格ゲーも全部引っくるめて単にゲームって呼んじゃうのには結構難しいものがある。

もりやん

俺ロボっていうか、ザックにとってのガーディアントルーパーズは、実は水口哲也文脈9のゲームかもしれないw

singingroot

ゲームってすごく広い概念なんだけど、ある意味、以前はそこに「他人に認められないもの、無意味なもの」っていう共通項があったんでしょう。
だからこそもりやんさんは、そういうものじゃなくなりつつある「ゲーム」に対して、いやお前は本来そういうもんじゃなかっただろう、と言っているのかな、とも思う。

もりやん

まあ、ゲームやってモテるような話読むと、「他人に認められなくなったらやらないのか」とは言いたくなる。

singingroot

ただ、世間が認めるか認めないかと、それが椅子の前に座ってレバー握って対戦できるツールかどうかっていう物理的な性質は、別々のことなので。
後者の特徴を捉えたら、ガーディアントルーパーズは「ゲーム」なんだけども、前者の意味では「ゲーム」なのかなんなのか、まーよくわからんものになってますよねと。

もりやん

そういう、「ゲーム」を取り巻く社会的側面からアプローチするなら、非電源もマンガもアニメも同じだろって話はあるんですよ。
ただ、あえてコンピュータゲームを対象にしていることにも意味はあって、ゲームは元々原始的なVRだったと思うんですよ。
感覚フィードバックはないんだけど、I/Oはあって、それはVRの最低限の要件ではある。んでまあ、VRであることによって人は「勇者になれる」わけです。

singingroot

そこに、ここでいう「ゲーム」特有の価値の淵源がある?

もりやん

そうですね。今日僕が言ったようなMMORPG前後に限らず、ゲームの進化史は「誰でも勇者になれる」ことへの道であったとも言えるわけです。RPGが圧倒的に遊ばれてるのって、誰でも「強くなれる」からですよ。
ただ、そこで得られる「強さ」はどこまでもバーチャルなもので、誰にも認めてもらえなかった。それがゲームの限界であり価値でもあった。それが近年は違ってきている。ってことです。
そうそう、「トレーニング用シミュレーターとしてのゲーム」っていう文脈も入ってるんですよね明らかに。リアルの肉体でもある程度強くなれてしまうVRお手玉やると、本当にお手玉できるようになるそうですよ。10

singingroot

なるほど、その勇者になれることを以てゲームと呼ぶのであれば、ここまで話題に挙がってきた「ゲーム」を全て包含する定義だと言えると思います。
ただ、その「勇者であること」を誰が認めてくれるのか、その形はそれぞれ違う、ということなのかなと思います。

もりやん

ウメハラ』の最高にエモいところって、ウメハラの「強さ」を本当に理解できる男が、唯一ナラケンしかいないところですよね。いやオゴウさんとかもいるんだけどw

singingroot

そこはなんだろ、本当に理解してるかとか、本当に強いかどうかってのはどうでもよいってことだと思いますね。
眼の前で対戦してる相手にしか、「勇者であるウメハラ」は見えない。
外野にとって「勇者であるウメハラ」は、ある意味では存在しない(本当には見えてない)んだと思うので。

もりやん

いや、実際に戦ってすら、レベルあるいは価値観が違う相手にはわからないってのが重要だと思う。

singingroot

ああ、それはそうですね。「眼の前で、同じレベルで、同じ価値観で」対戦できる相手としか、ゲームの中でお互いを勇者として認めあえない、という方が正しいのかなあ。

もりやん

しかも、認め会える相手が出てきたら殺さなければ収まらないw

singingroot

そうじゃないとお互いが勇者になれないですからねえ。

もりやん

んで、俺ロボでは、リアルの肉体ですら明らかにおかしいくらい強いのに、モテないw
さすがニンジャマスター……じゃねえ、お前の言うべきことは抱いて以外ねえんだよw

singingroot

その結論に戻ってくるんですねw

もりやん

なんだけど、そこが俺ロボですよね。「実際に稼げる」し「実際に強い」のに、モテないしモテようともしない。
これはそういう意味で未来を描いていると思う。今はまだe-sportsは未熟だし、ゲームで成功者になることは社会的に現実的な道だと思われていない。実際に生活できてるプロゲーマーなんて、絶対プロ野球選手より少ないわけですから……。
ただ、ゲームで本当に成功者になれるようになっても、成功者になることがゲームの目的では、必ずしも無い。
俺はリンクスさえいてくれればそれでいいっていう話じゃないですかw

『俺のロボ』リンクスorベティ

リンクスとはどんな存在か?

singingroot

逆に、そうだなあ、リンクスがいなくなったら俺は駄目だ、みたいな話であるとは思いますか?
個人的にはちょっとそういう感覚がなくて。

もりやん

つまり、リンクスのおかげで自己肯定できてる、みたいな話ですかね?

singingroot

単純に――そうだなあ、ええと、多分私は、そもそもザック氏がガーディアントルーパーズを通じて自己実現/自己肯定をしてると読んでなかったんだと思います

もりやん

あとで補足しますが、それは僕もそうだと思います。

singingroot

だから、リンクスがいなくなったら彼の自己肯定感がなくなる、という読みをしているのか気になった。

もりやん

そこはね、たぶん自己肯定感ではなく幸福感なのではないかと思う。ざっくり言えば。

singingroot

ああ、なるほど。であれば彼は確かに幸福感を得ていますね。

もりやん

言うなれば、人生のプラマイゼロではなくプラスアルファ。

singingroot

そして、もしガーディアントルーパーズがなくなっても、幸福感は減りはするかもしれないが、それで決定的に空虚になるわけではない。

もりやん

そうですね。そういう意味でザックのキャラクターのコアの部分って、ブラック企業に勤めていながら別にへこたれてないところだと思うw

singingroot

別にブラック企業に勤めてても秒で億の金を稼いでてもテンション変わんないですからね、なんだったら……。

もりやん

ただ、人生においてただひとつの何かを選ぶとすれば、いわば伴侶を選ぶとすれば、彼にとってそれはリンクス以外ないのではないか。
ああそういえば、うたねさんは俺ロボのメインヒロインはベティだと仰ってました11けど、それは違うと思いますよ。リンクスですよ。

singingroot

なんか繰り返しみたいな話になって非常ーに申し訳ないんですけど、伴侶って言った時に、そこで、失いがたきもの、っていうニュアンスがどのくらい含まれてますか?

もりやん

あんまり含んでないですね。だって嫁に先立たれても人生は続きますから。そのくらいのニュアンスです。
ただ、他の嫁を取る気もあんまりない、と。

singingroot

なるなる。であれば話は分かります。
そうだなあ……ただ、まだリンクスに対する思い入れがどこまでっていうのは、理解はできてないと思います。

もりやん

いやまあそれは僕も言い方が不十分ではあって、まずもってリンクスって基本的に複製可能な存在ですしねw
揉めるおっぱいとしてのリンクスというか、操作する体験も含んだ存在の呼び方としてのリンクスですね。

singingroot

ガーディアントルーパーズそのものの、表象、みたいなことですか?

もりやん

いや、ゲームタイトルとしての『ガーディアントルーパーズ』ということではないですね。その中でリンクスという機体に出会って、練習してうまく動かせるようになってきたっていう体験が重要で。

singingroot

ああ、すみません。言い方が悪かった。ガーディアントルーパーズを通じた体験すべての、表象、と言うべきでした

もりやん

いやー、やっぱりそういうことではないですね。例えば対戦相手の想い出なんかはここでいう「リンクス」には含まれないと思うし。あくまでも「リンクス」と共に乗り越えてきた想い出たち……ってことで。
ざっくり言って、「機体性能+操作体験(感覚)+ベティちゃん」=リンクスですかね。

singingroot

なるほどなー、いや段々感覚が分かってきた気がします。

もりやん

ベティちゃんがいい感じにサポートしてくれるから気持ちいいセックスができるってのもあるわけでねw
「俺のリンクス」と「他のリンクス」との差異は畢竟ベティちゃんだっていうのもあるし。機体そのものには個体差とかないわけですから……。
ただ、ベティちゃんがリンクスの人格とか、魂だってことではない。バーチャルな肉体あってのリンクス。

singingroot

なんだろ、私は読んでた時、リンクスっていうのは、愛着と思い入れたっぷりの、愛機、という認識だったんですよ。どこまでも道具というか、自分の技術の延長にあるものというか……だからリンクスは大したことじゃないって言いたいわけじゃなくて、他者じゃない、というか。
嫁、というのに、結構違和感があったのは、それもあったのかな。
逆にベティちゃんは、割と他者っていう感覚だったんですね。ザックの身体/精神の外側にいる存在、という認識だった。
どっちが親密かというと、確かにもりやんさんの言う通り、リンクスの方だと思います。

もりやん

そこはまあ、クルマや船に女性の名前を付ける精神みたいのもありますしね。
あと、ベティちゃんがけっこうシビアにAIとして描かれてるのも重要だと思います。めっちゃファジーだけど、心があるとかじゃなくあくまで超高性能なAIという感じでしょう。

singingroot

うん、そうですね。

もりやん

そういう意味で、ザックが平気でメイドロボを弾幕に突撃させる野郎だというところも重要w12

ベティこそ俺の嫁なのか?

singingroot

でも、自分でもこれは無茶言ってるなという気もしますが、だからこそベティちゃんはヒロインなのかなという感覚があった。

もりやん

だからこそというのは、人格のないところに人格を見出す妙味、的な意味で?

singingroot

リンクスって、ザックの世界の中にいる存在だと思うんです。彼の人生に、ある意味で、寄り添っている。
でもベティちゃんはそうではない……なんか上手いこと言えず同じことを繰り返してるような気がしますけど、ザックの一人称の世界の、外にいる存在だと思うんですね。

もりやん

むしろリンクスのほうが、すっごい語弊あるけど「人間的」であり、ゆえに「自己的」存在って感じですかね?

singingroot

そうですね。そういう認識です。

もりやん

なるほど。ベティちゃんは「物体的」であるゆえに「他者的」であり、ゆえに「嫁」たりうると。

singingroot

まあ他者であるだけでいいんだったら、それは生身のおねーちゃんも同じことなんですけどね。
なにかこう、そこで、ザックにとっては、生身のおねーちゃんは……なんだろう、底が見えて惹かれないみたいな面をしてるように見えるので。

もりやん

これ、僕自身解釈に悩んでるところなんですけど、リンクスとベティの関係ってどう捉えてます?

singingroot

……愛人と、ヒロイン……?
いや話してて、さっきのニーナさんと愛人の関係が少し浮かんだんですよ。

もりやん

じゃあわりと個別の存在って感じですかね。僕の認識としては、「リンクスというシステムを構成する一部がベティ」っていう感じに近いんですよ。
それも頭脳とかじゃなくて、どっちかっていうとハンドルに近い。

singingroot

ああ、それはそれで分かる認識です。
難しいな……私は、ベティちゃんが勝手にザックの操作を忖度して勝手に補助してるって辺りで、なんだったら別にこいつザックが居なくてもリンクスをある程度は動かせるんかなみたいな認識があって。

もりやん

それはね、可否でいえばできると思う。ただ、それに意味や価値はない。
例えば、フライトユニットなんか、なんなら最初はベティのほうがうまく動かせたわけです。13でも、別にそのことに意味はない。なぜなら、ベティはザックがリンクスをよりうまく動かすために存在するわけですから。

singingroot

うん、その認識も分かります。
畢竟、別に人格とかあるとも言われてないAIに、どこまで他者としての存在を見いだすかってとこだと思うので……まあ、確かに、見出さない方が自然だとは思います。

もりやん

ちなみに、「アーバレスト」と「アル」14の関係で言えば、僕も完全に別個の存在だと捉えてます。

singingroot

それは、軍曹がアルを人格として認めているから?

もりやん

それもあるし、実態としても製造目的としてもアルが独立した知性体たれと作られていることもあるし、アーバレストは戦争機械だから、誰がコントロールしようが強いことが一番ってこともなんならあるし。
あと、実際レーバテインにアルごと乗り換えますし。
これなら僕も宗介の嫁はアーバレストじゃなくてアルって言う。言ってた。アルメイドロボに入って嫁に来いって言ってた。

singingroot

その場合声は女声なのか男声なのか……。

もりやん

アニメフルメタで一番許せないことは、アルの声を男声で固定しやがったことだ……!

singingroot

男声で良い嫁に来いとか言ってくれるかと思ったのに、そっちですかw

もりやん

まあ、アルはなんならメイドロボから男声でしゃべる嫌がらせとか仕掛けてきそうではある。キレそうだがそれはそれでいい!
「サージェントはAS制御用AIである私になにを求めておいでなのですか?(イケボ)」ぶっ壊すぞ!!!

singingroot

でも女声で来るとしても雪野五月ボイスでやってこられたら嫌がらせ度たけーなと思いました()

もりやん

「ソースケどきなさいソイツぶっ壊す!!!」
まーそれはともかく、僕が言いたいこととしては……リンクスとベティはもっと不可分な存在ではないかということですね。設定的にも、ベティは「リンクス用」っぽいし。

ベティはリンクスの付属物なのか?

singingroot

物理的に存在が不可分かどうかっていう話じゃなくて、価値として不可分っていう話ですよね、それは。

もりやん

そうですそうです。

singingroot

ベティちゃんに、リンクスと独立して、それ固有の存在の意味っていうのは、ない、という

もりやん

ない、と言い切ります。

singingroot

もりやんさんの仰ることは理解できたと思う(たぶん)し、一つの筋が通った見方だと思います。納得できる。
ただ、んー、そこで私もいまいち自分の見方を捨てる感じかっていうとそうでもなくて、そういう読み方も理があると思うけど、なんだか自分はそう読んでないな……という感覚ですね。
多分、申し訳ないんですけど、具体的にどこどこの記述が根拠になって自分がそう読んでるのか明確に解説できない状態なんだと思います。

もりやん

まあ根拠はともかくとして、リンクスはリンクス、ベティはベティ、ってことですよね?

singingroot

そうですね。あと付け加えて言うなら、そもそも、存在の性質が違う。片方は道具であり、片方は他者である、という。優劣とは別の問題として。

もりやん

ただ、それはベティが人格的存在であるという意味ではないと。

singingroot

そのー……人格的って言った時に、人間と同じ精神構造の人格かっていうと、違うし、そういう描き方をされている。でも、例えばコズミックホラー的生物がいちおう精神を持ってるよみたいな意味では、精神があるという認識ですかね?

もりやん

なるほど? 知性体、という言い方でいいですかね?

singingroot

ああ、そうですね。知性体ではある、とは思っています。
作中で、"ザックはベティちゃんに知性体として接している"と読んでいる、という言い方のほうがいいか。

もりやん

なるほどなるほど。さっきから対物性愛というワード保持してたんですが、そういうものとは違いますね。
ところで、メイドロボとかナースロボのAIへの態度とは異なる、という認識ですか?

singingroot

それについては、たまにザックの独白中に、「高度なAI」と「そうでもないAI」に対する区別がたまに出てきたと思います。

もりやん

うんうん。

singingroot

そして、私は、「高度なAI」に対しては、なんだったらこいつ俺らより頭いいんじゃねーのみたいなことを思ってるシーンがあったと思ってて(超うろ覚えですすみません)。15
ベティちゃんみたいに親しみを持っているかどうかはともかく、ある種の知性に対する……リスペクト?みたいなものは見いだせるかなと思ってます。多分低級なAIに対しては普通に道具扱いかと。

もりやん

ベティだけが特別かどうかはともかく、少なくともベティはザックにとって高度なAIの分類で、それは知性体として扱っていると。

singingroot

そういう認識です。そしてリンクスがベティと違う存在という認識なのは、リンクスがザックにも操作され得、またベティからも操作されうるからです。

もりやん

なるほど、AIのボディとしての機体やアンドロイドは道具だと。

singingroot

いやそこはちょっと違うかな? AIとそのボディが不可分に結びついていたら、ボディもAIの一部なんじゃないかなあとは思いますが。

もりやん

いやーAIとボディは別とは言っちゃっていいんじゃないかな? 例えば、メイドロボのボディはあくまで物体で、AIの本体は別の記憶装置上にあるわけだし[^12]……みたいな記述は実際ありましたし。
あと、パイロットカードが破損してもベティの本体は失われてなかったやつとか。16リンクスとの関係とはまた違いますけど。

singingroot

ああ、作中ではそういうのがありましたね。「このボディが破壊されたAIの知性も道を共にする」みたいなボディは作中には存在してないので、そういう意味では、ボディはAIとは常に可分な存在といってしまってもいいかもしれないです。

もりやん

で、そういう観点からすると、リンクスとベティは可分であると。わからんではないな。
AIは人工物だから製造目的ってのがあるわけですけど、それこそ知性体へのリスペクト的な意味では、それはそれとしてAI自身の尊厳ってのはあるわけだ。

singingroot

それはもうなんか、見出すも見出さないも勝手としか言えなくて、だから問題は、ザックがそういうリスペクト的感覚を持ってるかどうかという話だと思うんですけどね。
でもそれがどっちかは明確には描写されてないかなと……私は思ってますが……なにせうろ覚えの身なので怪しい。
私はなんかね、リスペクトを持ってると思って読んでたんだ、なんでだか。

もりやん

それは、あるなしでいえばあるでいいと思う。ただ、ザックにとってリンクスとベティどっちが大事か? それはリンクスじゃないかなあ?

singingroot

それは私の中だと、そもそも存在の性質が違うんですよって話になるんですよ。
どっちが親密か、大事かっていうとリンクスかなと思う。ただ、ヒロインって言葉に相応しいのは、他者であるベティちゃんかなって。

もりやん

つまり、私と仕事とどっちが大事なの?って言われて、それは仕事だけど仕事と結婚はできないよと。

singingroot

まあそういうアナロジーもあるかも……? 外れては居ないと思います、多分。

もりやん

なるほどなるほど。わからんではない。
ただそういう観点でいくと、僕はヒロインはいないと答えるかな。
だって君はリンクスの管理人でしょ?って言うw

singingroot

まあ別に一ミリもフラグとかないしセックスとかロマンスとか結婚とかないだろってのはそうですよね。
そういうのを欠いてるという点で、ベティちゃんがヒロインではない、という話でいいです?

どっちが嫁でどっちが愛人なのか?

もりやん

関係性が恋愛的な性質を帯びるか、というよりは、単にザックにとって大事かって見方かなあ?
たとえば、『ウメハラ』のヒロインがナラケンみたいな話はいえなくもないと思うので。
いやそれはロマンス的な見方ができるかどうかって話になるかな?w

singingroot

ナラケンヒロイン説はむしろそうじゃない説があるのかってレベルという認識です。

もりやん

それは彼等のセックスなんです…!17

singingroot

まあその……否定はしないよ。
※何でも許せるとは言ってない

もりやん

まあ、現状ベティちゃんがお姫様ムーブもパートナームーブもライバルムーブもへったくれもないのは事実。

singingroot

それはそうですね。

もりやん

ただ……最終的に、リンクスを守る戦いはありそうな気がしている。

singingroot

んんんー……まあ、どうなんでしょうね。いや順当に行くならそうなるんですけど。
順当にやるのかこの作家?という気持ちがすごく……強い……。

もりやん

なんだかんだニーナさんを助けるための戦いはやったじゃないですかw

singingroot

それはそうですねw

もりやん

んで、それをきっかけにニーナさんが人形姫からひとりのパートナーになりつつあるように、ベティちゃんがリンクスのハンドルからザックのパートナーになることはあるかもしれない、とも思う。
というのも……いくらなんでもベティちゃん高性能過ぎというのもあって。

singingroot

「ただのハンドル」に対してはちょっと過剰にすぎるくらいに盛ってるのはそうですね。

もりやん

そこになんらかの世界の秘密があるなら、それを解き明かすことでベティちゃんのクラスチェンジもまたあり得るかと。

singingroot

順当にやるならビリー氏と対立したり(ただし完全な敵対とは別)そういう展開になったりするのかなーとは思うんですけどね。
ただ、はい、そういう展開も一割くらいはありうるのかなと思って読んでるのは事実です。

もりやん

結局、ビリーがロボット大戦争やろうがザックにとっては怖いけど許せないとかではなくて、ただそれによってリンクスに乗れなくなるのであれば……ってことだと思うんですよね。

singingroot

うん、それはそうだと思います。

もりやん

リアルリンクスに乗って敵兵を殺せ、なら、なんならやりそうだし。

singingroot

なんなら既にやってる展開まである。

もりやん

いやーヘリ部隊との対戦がいつマージナル・オペレーション展開18になるかとヒヤヒヤしましたよw
これ相手は……いや予告出撃してきてるから演習のはず……ああ中の人出てきたよかったーーーwwwwって

singingroot

まあ思いますよねw

もりやん

そこで……やっぱり、リンクス(ベティ)を汚すな、みたいな想いも薄いですよね。ザックは。

singingroot

別にそこには興味ないですね、彼は。

もりやん

プレイ中以外に、「ベティがいたら助かるのに」とは思っても、「ベティに会いたい」とは思わないし。
ゲーマーの誇りとかも別にない。ただリンクスに乗れたらいい。

singingroot

それもやっぱり、リンクスに乗れなきゃ死ぬからじゃなくて、それが幸福だから、であって。

もりやん

そういう意味では、「所有欲」とかに近いのかなあ? ガレージに置いておきたい、もちろんたまには乗りたいみたいな……。
「乗ろうと思えばいつでも乗れる権利」みたいな?

singingroot

んー、どっちかというと個人的には、繰り返し出てくる食のモチーフのほうが近く感じますかね。

もりやん

毎日食べたいとか食べないと死ぬとかではないけど、週1くらいは食べたい、それが幸せだと。

singingroot

食えばその瞬間幸福、別にそれは後に残らず意味のあることでもないし必要でもない、けれども俺はそれを食う、それが幸福なんだ、というか。
どうなんだろ、「週一」とか「ガレージに置いておきたい」とか、時間的な持続の感覚より、瞬間の幸福っていう感覚の方が支配的なような?

もりやん

瞬間瞬間が幸福ならいいみたいなのは間違いなくある。

singingroot

その瞬間にリンクスに乗っていることや美味いものを食うことを幸福だと感じることはあっても、俺は明日も明後日もリンクスに乗っていられるなあ、それが幸せだなあ、とは思ってないでしょう。

もりやん

うーん、それはそう。ただ、「叶うならいつまでも(週1で)乗っていたい」はあるでしょう。

singingroot

そうですね。戦争のせいで明日リンクスに乗られないなら、戦争をぶっ潰すでしょうけど、ただそれは、「明日リンクスに乗られる幸福を今日味わうため」ではなく「明日リンクスに乗られる幸福を明日味わうため」です。

もりやん

それはその通りですね。そういう意味で「所有」は違うのではないかと。なるほど。まあ納得。
あー、つまり……リンクスは愛人ってこと?w

singingroot

なんか戻ってきたw

もりやん

やっぱ妻じゃないわw

singingroot

違うと思います。どこまで行っても、ちょっとこの関係は妻とは言いかねる。

もりやん

あー、そうなると、どっちかっていうとベティのほうが妻存在に近いというのはわかる気が……。

singingroot

そういや一応、ベティちゃんがザックにとってどの程度大切かってのについて、こんなんはありました

モリーチップが破壊されて全てのデータが消えてしまったのだから、技術的にももうどうしようもないようだ。ベティちゃんは死んでしまったのか、俺が殺したようなもんじゃないか。本当に大切なものを金で売ってしまったんだ、思わず泣きそうになる、男は涙を見せちゃダメだ。

まあ別にこれは、恋人的な存在として大切って意味ではないですけどね。

もりやん

500万でカード割られたときのですねw

singingroot

そうw
別にザックはベティちゃんを恋人だと思って大切にしてるわけじゃないし、あくまでAIなんだけど……でもなんか、私は結構、ここで、でもそれはそれとしてベティちゃんは大切なものなんだな、って思ったのかな。

もりやん

リンクスはあくまでプレイしている間だけの関係だけど、ベティちゃんはコイン(ポイント)入れてる間以外も関係しているみたいな感覚はあるような気がする。
まあそれを言うと、Xキャリヴァーが自動修復してるのが、プレイ中以外もゲームが動いてる感があっていいとか言ってますけど……。19
あー、なんか、ベティちゃんはいつでも俺を待ってる?

singingroot

リンクスはあくまで幸福を与える存在だからなのかな……だからこそ逆に、幸福を与えていない、プレイしていない間は存在感がない。
ベティちゃんは直接的にザックに幸福を与える存在ではないんですよね、別に。

もりやん

お帰りなさいザック軍曹、いつもの装備でよろしいですか。

つうかこれだよ。実際にベティちゃんは俺を待ってるよ。

singingroot

まあ愛人と遊びに来るのを待ってる妻とか、ヤバいとかそういうレベルではないんですけどね?

もりやん

パワーワードすぎるwww
お帰りなさい旦那様。いつものプレイでよろしいですか。

singingroot

おかえりなさい、あなた。お風呂? ご飯? それとも、あ・の・子?

もりやん

あの子とお風呂に入るよ
クズううううううううう

singingroot

だめだちょっとひどすぎる

もりやん

まあでも奥さんも風呂場でお湯加減は問題ありませんか旦那様って言ってるし……。

singingroot

三周くらい回ってハーレムノベルに見えてきたから困る(見えてこない)。

もりやん

んでリンクスは前回のプレイで爪が割れたとか言って勝手に爪を研いでいるという……。

singingroot

ああ、あれはそういう……。

もりやん

なるほど。嫁はベティちゃんですね。納得。

singingroot

まあ今後の展開次第って部分もありますし、いずれにせよロマンスとかはないと思いますが、はい。なんとなく言ってることの感覚が通じたなら幸いです。

もりやん

まあ、この作品において嫁という属性がどこまで重要かという問題もあってなw

singingroot

まあ激論したけど、それはそうですね。

もりやん

こっちも基本的に愛人関係を描いてる作品だとは思うw

singingroot

リンクスはそうですけど、他の生身女子とかサイボーグ女子とかの話は含めてゆってます?

もりやん

いや、それは含めてない。愛人だけど浮気はしない。
というか、ある種の現地妻というか、ガーディアントルーパーズでの愛人はリンクスだけ的な。

singingroot

同意です。

もりやん

このオッサン曰く、「ひとつの島に、女は一人だけだ」という。

singingroot

他の島では作るんかいw

もりやん

そもそもガーディアントルーパーズから釣りに浮気してるときもあるしw

singingroot

そこはまあ、さっき言った食の件もありますしね、幸福に対しては別に何か一つに操を立てたりはしてないですね、やつは。
それが他の島……? つまり料理人の爺さんは愛人二号だった……?

もりやん

爺さんは鯵が住んでる島の管理人じゃないですかw
まあ、つまり、側室だな。

singingroot

なる、そっち属性だったか。

もりやん

 そうそう、ジュラルミンといえば先月発売予定だった削り出しフレームのクラシカルな一眼レフカメラが欲しかったんだよ。ボディだけで百万円超えのカメラとかさすがに二の足を踏んで予約しなかったんだが、限定生産だしもう売り切れてるだろう。

この男下半身がばゆるである

singingroot

ひとつの島には女は一人しか作ってないから(多分)

もりやん

釣り竿は大量に囲ってたけどw

singingroot

ダメじゃねーか!

もりやん

まあ、つまり……ガーディアントルーパーズとリンクスは特別ってことですよ。

singingroot

まあそれはそうですねw

 だが、フェイスマンは、かぶりを振り、穏やかな微笑とともに告げた。
「それは、真理を逆転させた、愚かな問いだ。価値は、あるのではない。観念であり、創り出すものだ。命の価値を創り出す努力を怠れば、人間は動物に戻る。社会とは、価値を創り出し、価値を巡って機能する、人間独自のシステムだ」
(『マルドゥック・スクランブル The Second Combustion 燃焼』より)


  1. 我にチートを - 蟻の城参照

  2. 我にチートを - エディタスキル無双

  3. 我にチートを - ティジーの場合 その1

  4. ソードアート・オンライン 05 ファントム・バレット』での、主人公キリトさんの迷言。

  5. 「命に、価値があるのか――?」

  6. BeasTV - 17/7/5 - オゴウクラハシ徹底討論 - YouTube

  7. ただし、『あしたのジョー』の作中でも、このようなボクサーは時勢遅れの存在として描かれてはいる。(参考:「あしたのジョー」の最後について──「あしたのジョー」論その七 | 語り部のほとりで))

  8. ビリー・レイスのモデルであろう、ビル・ゲイツ氏のこと。

  9. 水口哲也 - Wikipedia 音楽をベースとしたマルチメディアアートとしてのゲームを作り続けるゲームデザイナー。VRゲームにも積極的に取り組んでいる。

  10. ばやしこ@9/20〜23 TGSさんのツイート: “このお手玉VRは、こちらのVRけん玉師(@VRkendama)による作品、お手玉VRです! 本当にすごくて、人生で全くできなかったお手玉がものの数分で出来るようになって涙ちょちょ切れんばかりなので、もしご興味あればご本人に連絡してみてください!!”)

  11. “メインヒロインがナビゲーターAI”なろう評論会第1回『異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに』 - 猫拳@はてなブログ))

  12. 俺のロボ - マリオネットは傷つかない参照

  13. 俺のロボ - 空飛ぶリンクス参照

  14. フルメタル・パニック!』の主役ロボとその管制AI。

  15. 俺のロボ - 加速する世界の、 いやいやいや、そいつの中の人はホテルのスパコンだから。スタンドアローン式の新型アンドロイドよりもずっと高性能だと思うぞ。でも、まあ、確かに、お利口さんなAIは、面倒な時には馬鹿なロボのふりをして誤魔化すことがあるよな。/ 実は知らないうちに、この世界は人工知能に支配されているのかもしれない。という部分のこと。

  16. 俺のロボ - 俺は炎の筋肉痛参照

  17. 「何でも許せる人向けの属性腐女子漫画」/「マツキ」の漫画 [pixiv]より

  18. ゲーム感覚で指揮していたら、自軍も敵軍も生身の人間だったというアレ。

  19. 俺のロボ - 最初の晩餐参照

なろう評論会第1回『異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに』

前置きの前置き~なろう評論会について

対談本文中でも言及していますが、これは「小説家になろう」の作品について、管を巻いたり性癖を告白したり横断的に論じていこうという企画です。

現在はたまたま釣れたのでsingingrootさんにお相手いただいていますが、今後も続けていきますし(すでにsingingrootさんとの対談ログは溜まっている)、参加したいという方がいらっしゃればDiscordに招待しますのでお声がけください(・ω・)

前置き~「小説家になろう!」を取り巻く評論・言論について

もりやん

現状なろうでは書いていませんが、いちおう書き手のもりやん(@catfist)です。
この企画では、なろう作品について色々深くお話をさせていただきたいと思い、旧知のsingingrootさんをお招きしております。よろしくお願いします。

singingroot

読み専のsingingroot(@singingroot)です。どうぞよろしくお願いします。本作についてはぜひ色々と聞いてみたいので……。

もりやん

とりあえず最初に、どういう企画なのかといったあたりのお話からさせていただきたいんですけども。

singingroot

うい。

もりやん

まず僕が、なろういっぱい読んでるのに、立ち入った話ができてなくてツマランというのがあった!
インプットしたらアウトプットしないと気持ち悪いですからね。そういう意味で色んな作品について語っていきたいところではあります。
あと、これはもはやなろう含むWeb小説の話だけじゃなくて、現在の多くのコンテンツに共通して言えることなのかもと思ってるんですが、評論がされてない。
やっぱり昔言われたWebのタコツボ化なんでしょうかね、覇権アニメとミリオンヒットゲームくらいしか議論のメディアになってないよねというのがあって。
まあ、なろうの作家は書籍化できるかどうかっていう非常に厳しい評価にさらされてはいるんです。
でも結果論って面白くないじゃないですか。「じゃあ次は売れるような話書こう」ってだけじゃ潤いが無い。

singingroot

今のもりやんさんの頭の中だと、なろうの特定の作品の話の比重が大きいんですかね、それともそこから最終的に……なんていうのかな、「流れ」とか「作品群」とかの話になっていく?

もりやん

それは両方かな?
読んで面白かった作品の話もしたいし、それを色んなメタな流れの中に位置づけるような話もできたらいいし。
そういう話が作家に届いたらいいよねということ自体が、なろうを取り巻く状況への議論として提起したいことでもあるかな。

singingroot

了解です。まあ二分できるようなもんじゃないのはそうなんですが、どっちが特にやりたいんだってのはなくて、どっちもしてきたいと。
そういうやり方はこっちも歓迎です。

もりやん

僕も感想欄けっこう書いてるんですけど、「他作品の話はNG」じゃないですか。そうなると感想であって評論じゃない。感想欄なんだから当たり前ではありますけど。
「こういう作品があるべきじゃないか」「もっとこうしたら面白くなるんじゃないか」そんな話が、もっと広くされたらいいのになと。そういう気持ちの小さな小さな一歩でもありますね。

singingroot

感想欄は荒れやすかったり作者に直接届くものだったりで色々センシティブですからね。
ところで、評論ってのが何を指してるのかってのは結構難しいとこかなとも思ったんですが。

もりやん

まあ、言っちゃえば「対象とする作品そのものとは異なる価値を持つもの」ですかね。
作者への応援、作品への感想、作品の紹介、これらはすべて評論ではない。
まあ応援も感想も紹介もするけどな!

singingroot

うん、その定義は分かります。
あと、Web小説に対する語りの場ってのは今どういうものがあるのかってのは私もよく知らないので、言われてみると気になりますね

もりやん

結局現在のなろう界隈って、読者から作者への感想と作家同士のクネクネくらいしか言論がなくって。
面白いけどランキングに載ってない作品を発掘しようっていう、スコッパースレってのがいちおうあるにはありますけど。1

singingroot

スコッパースレ、それくらいしか思いつかないんですよね。
でもなんかアレも評論っていう形かっていうと、それ未満という印象ではある。

もりやん

スコッパーの価値は大いに認めるし利用もしてるけど、言論としては当然不十分であると思うわけです。あれ見て、作家が役立てられるかっていうとうーんですしね。
最終的には、作家が読んで面白いものを目指していきたいという気持ちはありますね。

singingroot

なるほど、作家にとってっていう視点なんですね。読み専なのでその視点はなかった。

もりやん

読者にとっての言論の価値をいえば、やはりその最たるものは作品の紹介だと思うんですけど。
まずランキングというシステムが大前提としてあるわけですね。んで、ランキング載ってないけど面白い作品てのを受容するには、まず「系統樹」というか、作品の持つ文脈、コンテクストの概念が必要になってくると思っていて。

singingroot

コンテクストっていうのはもう本当にそうだと思います。

もりやん

読者向けという意味でも、単なる上位ランカー紹介に留まらないのであれば、それはやっぱり作家が読んで面白いものだと思うわけです。

singingroot

タグってのがそこに対して機能してくれていればまだしもなんですが、今はそうではない。

もりやん

タグ機能してないですよねーw

singingroot

将来タグ、あるいはそれに類するものがうまいこと機能してくれれば、みたいな未来を思い描かないわけではないんですが。
それこそ作品の位置づけられている文脈やら何やらまで、ある程度把握した上でサジェストしてくれたりとか。

もりやん

「この小説をブックマークしている人はこんな小説も読んでいます!」っていうのが、それに近いものとしてはありますけど、あれも単にブクマ多い作品が出てきがちですしね。
作品を構成する要素で抽出する役には当然立つんだけど、でもその「流通している要素」に対してどうアプローチするかが作品の価値であり個性であり妙味じゃない?
というあたりで例のアレの話いってみます?w

singingroot

うい。では行きましょうか……。

もりやん

やべぇよやべぇよ……。

課題作『異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに』について

もりやん

えーとまあ、声かける時にうっかり勧めちゃったので仕方なくという感じですが、『異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに』の話をしまーす!

singingroot

パチパチパチパチ

もりやん

今なろうで一番デンジャラスな作品といって過言ではない!

singingroot

いやそれは各方面からツッコミが来そうですが。
ツッコミが来たら来たでヤバい作品を知れる機会なのでツッコミ上等か。

もりやん

せやねw

singingroot

そもそもこの作品が「流通している要素に対してどうアプローチ」してるのかが未だに分かってない、分からない。

もりやん

それじゃあ、まずそのへんの、基本的な設定のおさらいからしてみますか。
これは召喚勇者モノの一種というか、召喚勇者ミームに乗っかった作品ではあります。
異世界で勇者業やってたら、勇者業が超ブラックで、ヒドイめに遭いながら魔王倒して帰ってきたら、超人的なステータスの代わりに、中卒無職30代になっていた……というコワイ導入。

singingroot

「元」転生勇者ってのは、もう数年前から一つの型になってる感はありますね。

もりやん

ただ、日本に帰ってくる作例はかなり少ないですよね?
「なろう風」書き下ろしラノベにいかにもありそうだけど、あまり詳しくない……。

singingroot

まあ現代日本を舞台にする系自体が少ないですからね……。
元勇者ってタイトルが直接に入ってるのだと、『元勇者、印税生活はじめました。』ってのがぱっと出てきますかね、ここ一年くらいの作品でしたっけ?

もりやん

これは新人賞あがりのようですね。昨年6月か。
実は、異世界召喚勇者×現代異能っていう作例として異世界帰りの勇者が現代最強!っていうのがありまして。
これ読んだときも思ったんですが、いわゆる異世界転生チート設定の能力であっても、現代日本で使ったらそれはもう現代異能なんですよw

singingroot

まあ別に能力の由来が魔法か武術か神パワーかなんてどうでもいい、というのがチート概念ですしね。
その力をどこで振るうかが重要、ということなのか。
あとは、無双できる力の有用な振るいどころがあるかってところでしょうか?

もりやん

いちおうそこは、学園異能的な「悪」をチートでやっつけるって話にはなってますね。
んで、空の境界の解説で、笠井潔が「伝奇」について、いわゆる土蜘蛛、朝廷にまつろわざる者のコミュニティに紐づくキャラクターが云々とかの話をしていたんですが。
そういう意味では「異世界帰り」という「マレビト」であるとかいえなくもないし、極論異世界でチャンネーと出会えることありきの概念なんですよチートって
というか、『父性スキル』でも異世界でチャンネーと出会ってはいるんだ。いるんだけど、その意味がすでに変質しているんだよw

異世界召喚テンプレからの変質

singingroot

変質についてkwsk

もりやん

まあそこはうたねさん2お読みになったからおわかりかと思いますけど。
異世界でエルザという奴隷美少女と出会って恋に落ちて結婚して……悲劇的な結末を迎えるわけじゃないですか。

singingroot

いや、そう言われたら、うん、とは言えるんだけど。
ただ、それを"変質"と捉えるかどうかは結構大事な問題かなと思ってて。

もりやん

いやまあそんなややこい話じゃないんだけど、そういう悲劇があったことによって、チートは幸せをもたらす存在ではなくただの呪いになってしまった
もはや身体能力からして人間離れしてしまって、日常生活を送る上では「身体障害」に近いじゃないですか。
付け加えるなら、異世界召喚テンプレでいうとこの「サブヒロイン」との関係もそうです。おいおい明らかになっていくことですが、向こうでのパーティってハーレムだったんですよね。
だったんだけど、もはやかつての「ハーレム」のメンバーは、異世界から現代日本および主人公の人生を脅かす呪詛でしかない。
そうなるともう、「異世界でチャンネーと出会える」というチートの意義自体が失われてしまっているじゃないかと、まあそういう話ですね。

singingroot

まずこれは反論というより、どういうふうにこの作品を捉えるかについての整理だと思って聞いていただきたいんですが。
まず一般的な観念として異世界勇者召喚が割とイケイケハッピーなものであるっていうのはあります。もちろんそうじゃない作品も大量にありますが、そこはさておき。

もりやん

少なくとも「そういうイメージに乗っかってる」作品が大半ですよね。

singingroot

で、中元も最初の一日くらいはそういうイメージでいた。
ただ、一瞬でそれが崩れてるわけですよね、マジで。

もりやん

ほんっと最初の一瞬だけなw
分かる人には『永遠のアセリア3である程度通じると思いますが。

singingroot

ハッピー→ダークの転換は非常に早い段階で起きてて、彼の中で、異世界での生活、奴隷少女との生活の価値ってのが、どこかで"変質"し転換を迎えたのかっていうのが、ちょっと明確でないかなとも思うんですね。
いや折々に触れて「フィリアはこんな女じゃなかった……」とか言いますけども。

もりやん

その点では、エルザが亡くなるまでは彼にとって召喚されたことはギリギリ肯定できることで、パーティメンバーとの関係も(表面上)破綻していなかった、ということは重要かと思うんですね。
少なくとも「中元にとってのフィリア像」が壊れるのは戻ってきて再会してからじゃないですか。

singingroot

いや、分かるんです。分かるんですが、そこを単純にエルザとの死別前と後で綺麗に転換があったと、そういう風な図式で捉えることに、少し抵抗があって。

もりやん

まあそれはそうです。そこは、事実上のポイント・オブ・ノーリターンと、中元自身の認識、そして我々読者の認識いずれもズレがあるからで。
例のアンジェのひでぇ例え話で語られることですが、フィリアは実は中元がエルザとくっついた時点で壊れていたわけですよね。4

singingroot

そう、そこなんですよね。まずは、「転換はあった」「ただ、それは綺麗に一点で反転したものではない」ということが確認したかった。

もりやん

まあそうですね。僕はやっぱりエルザとの死別は「矛盾が噴出した瞬間」という意味で決定的に重要かなとは思いますけども。
なんだかんだこれは、エルザが生きてさえいれば、異世界召喚モノの典型に収まらないでもない話なわけでね。

singingroot

それはそうですね。

もりやん

でも、そうはならなかった。ならなかったんだよ、ロック。だから――――この話はここでお終いなんだ。
もとい、だから――――この話はここから始まった。つまり、この話は云うたら、エルザのために背負った負債を清算し、エルザと共に失ったものを取り戻す話である……と、まとめられると思うんですね。

singingroot

すみません、「共に」はどっちにかかってる?
「失った」ですか? それとも「取り戻す」?

もりやん

「失った」です。

singingroot

そっちですか……なるほど。

もりやん

んで、例えばパーティメンバーとの関係が負債に成り、エルザと積み重ねてきたものが喪失に成った、まあ過去にそういう出来事があったということはいえるだろうと。
変質という表現は、ひとしきり異世界召喚らしいことがあった上で、それが負に転じた……というより、もっとおぞましいものに変わった、というような印象ですね。
一番おぞましいのは、なぜか現代日本JKだったりもするんですが!

singingroot

まあ明らかに一番ヤベー奴扱いされてますよね……。
ともあれ、そういう捉え方なんですね。一瞬、「エルザと共に取り戻す」という意味かと思ったのですが、そういう意味ではない、と。

もりやん

ああ、それはそうではないですよね。エルザが死んでいることだけは動かないわけですから。

singingroot

うーん、そこにすごく引っかかってるんですよね……。
いや、一章ラストで「え、それバラすの!?」ってビビったんですよ。あの「声」の正体がエルザだっていうことを、中元に対して
普通それ、最後の最後、エンディングでバラすやつじゃないの?って

もりやん

あーアレね!

singingroot

あまつさえ会話してんじゃん!

もりやん

それねー! 解釈迷うよねー!

singingroot

中元が失ったものを取り戻す話だとして、それは何が取り戻させたのか?ということも重要だと思いますが。
もし中元が過去を断ち切り(もしくは向き合い?)再生してく話なら、「声」とどう向き合うべきかっていうのは絶対に入ってくる話だと思いませんか?

もりやん

ええとね、やっぱりね、中元の中で死んでることにはなってるとは言えると思うんですよね。

singingroot

中元の内心については、地の文ではほとんど描写されてないですけども。ただまあ、中元の中ではちゃんと諦めがついていて、あの声はどこまで行ってもエルザそのものではないことは認識できている、ということでいいんですかねー。

もりやん

なんというか、エルザの成れの果てではあってもエルザではないというか。そういう「認識」ですよね。
でもそうなら、エルザじゃないけどエルザみたいなものがなんか概念的には密着状態で話しかけてくんの、ヤですよね。

singingroot

話しかけてくるどころか子作り推奨してくるんですがそれは

もりやん

まるで意味がわからないw
そこで、死んだ彼女がバッチリ死んでるけど神になってるからイチャつけるっていう作例として、おっさん冒険者ケインの善行があります。
これ、ド天然スーパー朴念仁ウルトラ善人のおっさんに、性能チート性格キチガイ行動バグってるお姫様が惚れ込んで云々っていうコメディなんですけど。
おっさんの気持ちが一途に女神(になった彼女)に向かってるんでキチガイ姫に全く脈がない、というか普通に萌えないという……。
誰もアナ姫も相手してやれよという感想書かないw

singingroot

それはそれでストレートな作劇だとは思うんですけど、本作の実装はそうなってないというか、そういう方向に向かってるとは到底思えない状態ですよね。
いやなかなか読んでてこの話がどこに行くのか大変悩ましくて、そこが面白くもあったんですが。

もりやん

そうなんですよね。アナウンスさん5になったエルザとの関係性については非常に難しい。
やっぱり、エルザのことは割り切ってJKを孕ませろという話ではあるわけですよw
まーだからそのー、エルザに操を立てつつ命をかけて戦ってきた、そのために失ってきたモテ期と青春を取り戻している……とか、いえなくもないことも……。

singingroot

それが丸く収まるよね……いや丸いか?

もりやん

だいたい何人孕ませたらいいんだよww

singingroot

ヒロインが現状で6人居る上に、一年ごとに孕ませろとか言ってくるので……。
※分裂JKは2人とカウント

もりやん

アンジェ、リオ、アヤコAB、フィリア、エリン?

singingroot

とゆー認識でしたが。さすがにカナはさすがに?

もりやん

カナは孕ませろって言ってこないからw
現代人が4人(戸籍上は3人)で全員が変態っていう……おお、もう……。

父性スキル(搾乳ではない)

singingroot

変態について言うと、ヒロインズ全員ナチュラルボーン変態でいいんですよね? 父性スキルって別に交渉スキル全振りみたいなアレじゃないんですよね?6

もりやん

交渉スキル(搾乳)みたいのじゃないからw

singingroot

いや最初にタイトルを見たとき普通にアレをイメージしたから……

もりやん

タイトルの父性スキルはリアル技能のことだから! MCとかじゃないから!
交渉スキル(搾乳)もちゃんと論じておきたいところではありますが。チートってあそこまで自由でいいんだなって!!

singingroot

アレは……私は序盤で挫折したので……。
それはさておき、結構大事なとこかなと思うんですよね、タイトルの「父性スキル」が何を指しているのか、というのは。

もりやん

ですね。まあ、「父性」というチートスキルは実際にあるわけですが。

singingroot

ただそれはあくまで戦闘スキルでしか無い、と。

もりやん

魅了とか催眠とか、その手の効果ではないw

singingroot

というかむしろJKを傷つけてパワーアップするみたいな、罪の象徴みたいなものですらある。

もりやん

あるいは、現代日本での新たな人生――または戦いのために与えられたもの、とも言えます。

singingroot

ふむむ。

もりやん

ここでね。例の変質とか転換の話にもつながってくるんですけど。
結局、異世界での戦いって、中元自身のための戦いではなかった、またはならなかったわけじゃないですか。
エルザが生きていればエルザを、エルザの生きる世界を、エルザとの子供を守るための戦いだと、そう思えた。でもそうはならなかった。
だから彼は、今度こそ彼自身のために戦わねばならない……とはいえると思います。

singingroot

年下を守ることが、中元自身のための戦い、という位置づけですか?

もりやん

そこがねー、彼の宿業というのかトラウマというのか……。
自分の幸せのためとか、愛する人を守るためとか、あんまり素直に解釈できる感じじゃないんですよね。

singingroot

難しいですよねそこんとこ。

もりやん

彼、他者を守ることでしか自己肯定できなくなってしまったんですかね……。
中元もだいぶ壊れていて、もう直らないじゃないですか。

singingroot

それもそうだし、そんなヒロイックな戦いが描かれてるかっていうと、そうじゃない、という話もあると思います。
そもそも現代日本女子組が戦いに巻き込まれてるのが、半分くらい中元が近くにいるせいまである。

もりやん

むしろそういう意味で、今度こそ自分の属するコミュニティを守るための戦いという言い方はできるのかと。
だって向こうの人は向こうの人じゃないですか?
アンジェは向こうの人だけど、向こうとの関係・因果をスッパリ断ち切って、中元の庇護下・家族に属したいという気持ちでやってきてはいる。

singingroot

今度こそ自分の身の周りの人を守りたい。それは分かります。そうすると、ちょっと疑問に思っていたことがあるんですが、「中元が何故エルザを殺したか」という点が大事になるかなと思うんですね。
明確に語られてないですよね、多分。なぜエルザより世界を選んだのか、その芯の所が。

もりやん

語られてないですねえ。

singingroot

世界を敵に回してもキミを守るよ的なことが、何故出来なかったのか。現代日本でそれをやり直すくらいなら、なぜ最初からそれが出来なかったのか?

もりやん

エルザを殺したら彼の戦いは無意味なんですよね。それは間違いない。
彼はエルザを殺したことを明らかに過ちだと感じている。

singingroot

そこが語られずにサスペンドされ続けてるというのは、本作の刺激的であり、難しいところかなと思ってます。

もりやん

まあ、メタ的には過ちを犯したところからスタートしたかった、それは明白なのですが。
……結局ね、人間てのはそういうものかもしれないね。自分の都合だけで物事を割り切れないというか。

singingroot

やっぱりそういう形になるんですかね、それはそれでよく分かるんですが。

もりやん

あのね、その、現代日本での、自分の「家族」を守るための戦いが……全然楽しくないじゃないですかw

singingroot

はい。

もりやん

客観的に見ればけっこうヒロイックな戦いと解釈できる気もするのに、なんかこう……しみったれてるじゃないですかw

singingroot

いや客観的にもどうかな……w
まあ、異世界に居たときも、この世界でも、スッキリ悪を倒す戦いではないのはそうですよね。

もりやん

敵がどうというより、どう選択しても後悔がつきまとうというか…。
ほんとのほんと、人間は自分の都合だけでも論理的な正解だけでも割り切れないし、どっちを選んでも後悔は残るし、一度それを理解してしまったらなおさら割り切れない。
まあ……滅びた世界でエルザとアダムとイヴやったところで、エルザは喜ばないよね……フィリアは喜ぶだろうけどw

singingroot

そうですねえ……。
異世界でそういうどうしようもなく割り切れない戦いがあって、そして、現代日本での戦いにもそういう一面はあるわけですね。
でも現代日本での戦いは間違いなく異世界でのものよりは多少なりとも中元にとってポジティブな意味合いを持つものなのも確かでしょう。

もりやん

そうですね……いうなれば、自分の気持ちを殺さないこと。死んだように生きないこと……その違いなのかな……。
JKのおっぱい揉みたいって気持ちだって、ほんとの気持ちなら殺さなくてもいいじゃないですか。
実際中元は(ごく最近までw)自分の倫理観にしたがってそれを「我慢」してはいたけど、でもそれは「殺して」はいないでしょう?

singingroot

まあダダ漏れですよね普通に

もりやん

そうだけどw 行動に移さないということと、気持ちそのものを封じ込めるということは違うんじゃないかと。
アヤコちゃんBが言ってましたけど、中元は異世界で殺しを忌避する気持ちを封じ込めてしまったわけですよね。7
実際殺すかどうかは……重要だけど決定的じゃないです。決定的なのはちゃんと感じられるかどうか

singingroot

その違いは、確かにそうですね。そこは決定的に違う。

もりやん

かつては、それを蘇らせてくれたのがエルザだった。

singingroot

そして今は?……なんだろう。

もりやん

なんだろうww 僕もそれアレッ?と思ってw

singingroot

現代日本っていう文化の中に、ホームグラウンドの中にいるからってのはありますよね、まあ身も蓋もないことを言えば。

もりやん

それは間違いなくあるw
アンジェもそうではあるんだけど、アンジェだ!っていうとなんか違う気はするw

singingroot

なんかな、アンジェがバブみで甘やかしてくれるから~とかそういう結論に行かないですよね。

もりやん

そうなんですよねw
なんだかんだ……ここが現代日本で、そこに自分の人生があるっていう実感なのかな……。
それが、異世界にはエルザ以外なかった
その意味で彼は最後まで、マレビトのままでしかいられなかったのかも。

singingroot

なんだかんだ周囲にフレンドリーな男キャラがいるんですよね、異世界で周囲の男に全く馴染めてない描写ばかりがあったのと違って。

もりやん

ヤクザと公安だけどw

singingroot

ヤンキー兄ちゃんもいるよ!

もりやん

でも……マジメな話、彼にはヤンキーとヤクザと公安のほうが異世界の兵士より共感できたんですね。

singingroot

ヒロイン一人に寄っかかって幸せになれるタイプじゃないんですかね、彼は。

もりやん

というより、人間はそうじゃないっていう書き筋なのかな。
基本的に、中元はどこまでも普通の男で、彼の個性がこうだから、彼がこういう男だからという書き筋にはなってないでしょう。

singingroot

それはそうですね。

もりやん

だから、バブみも必要だしおっぱいも必要だし。
仕事も必要だし、キレイなユメもそれはそれで必要で。
エルザが見守ってくれているというユメも、彼には必要だったのかも?

singingroot

そう言われるとしっくりくる気はします。

もりやん

アレかな。突き詰めたくないのかな。彼は。
エルザが見守ってくれていると思えることが必要で、そのユメを壊したくない。だから突き詰めて考えない。

singingroot

まあ煮え切らない男といえばそうですよね……。
情けないと言えば情けないし、でも共感できる情けなさですよね実際。割り切れない「八割」の側の人間だからこそ、PTSDになったとも言えるわけだし。

もりやん

フィリアは明らかに「二割」の側ですよね。

singingroot

まあ161話盛大に割り切りましたからね。オムツのためならすべてを捨てた女なので。

もりやん

そういうパワーワード本文に平然と出てくるのがなw

singingroot

いやこれだけ無茶苦茶やっといて、破綻してないのはすごいと思いますよ。
いや破綻してないかの判断は人によって違うような気もするけども。

もりやん

元々破綻してるから、改めて破綻はしてないというか……。

singingroot

中元がグダグダ言い訳を連ねるので決定的な関係を持つまでは行かないんだけど、でも別に普通に流し流されはしてて、というのはバランス感覚だなあと思います。

もりやん

なんというか、それこそリトさん8だって流し流されやってるんだけども。
流し流されを自分に許さないと、人は壊れるというメッセージにまで至ってますよねこれ。

singingroot

赦し。バブみですね……。

もりやん

バブみとは、赦す少女の側ではなく、赦されることを自分に赦す男の側に本質があったのか……。

singingroot

いやそれは実際あると思いますね。受容側の態度にこそバブみ概念の本質はあって、みたいなのは。

もりやん

けっこうマジでそういう話か。だからわざわざ少女が対象になる。幼い女の子に甘えるのってどうなの?というより鋭い問いが前提にある。
見るからにママみの深い女に甘えることを自分に赦すのはたやすい。相手が幼女でもいいじゃないかにんげんだもの。これがバブみか!

singingroot

ていうか、そうか。エルザのママみが深すぎたからこそ、中元は「過ち」を犯してしまったんじゃないか、という捉え方もできるのかも。

もりやん

「エルザから与えられるものを、中元は突き返せなかった」というような話でしょうか?

singingroot

そうですね。エルザが、中元の勇者としての役割のために自分が犠牲になることを受け入れたときに、それに流されてしまったのかな、というような。
いやその場面が書かれていない以上、憶測でしか無いですが。

もりやん

まあエルザも元奴隷で判断能力怪しいところはあるんですけどもw

singingroot

まあそこよくわかんないですよね。回想で若干神格化されすぎてて、実際どういう人だったのかは分かりにくいとこがある。

もりやん

まあ、その神格化しすぎってところでしょうね。エルザの「愛」を、中元は拒否することができなかったと。
エルザが奴隷であり女神であるということがよくなかったのかな。
二重の意味で、中元の側で「判断」を行うメカニズムが封じ込められている
アンジェたちに対しては、何をするにしても中元はウダウダ考えますよね。その考えるということ自体が重要なのかもしれない。
例えば犠牲になろうとしていたのがアンジェだったら、中元はどちらを選ぶにせよ、考えて判断して覚悟したのではないか。

singingroot

そういう意味では、父性っていうのは、ある特定のヒロインとの関係だけに溺れないためのよすがとしてあるのかもしれないですね。

もりやん

それは結局、エルザほどには大事でないからなのかもしれないけれど……。

singingroot

そこは難しいですよね。それがネガティブなことなのかどうかも分からなくなってきました。

異世界現代日本

もりやん

でも、エルザほど大事でないというのは、異世界には他になにもなかっただけともいえる。

singingroot

ああ、エルザほど大事でないっていうのは絶対値じゃなくて相対値なんだと。

もりやん

いうなれば、現代日本に「エルザ」は存在し得ない

singingroot

奴隷も女神も、という意味ですよね、それは。

もりやん

そうだし、どっちかといえば唯一性の問題ですかね。

singingroot

唯一性って意味で他には何もなかっただけっていうとパーティメンバーが泣く気もしますが……。

もりやん

たぶんこれは僕もうたねさんもそうだと思うけど、リアルの世界において命の二者択一を迫られたとき、両方助ける以外の選択肢ってないですよね。

singingroot

「正しい」選択肢は、そうですね。

もりやん

正しいというより、「選べる」っていう意味かな。
例え片方が妻でもう片方が他人でも、あるいは罪人でも、実際問題他人の手を離せます? ムリでしょう。
「滑る」ことはあるかもね。でもそれはやっぱり「選んで」はいないでしょう。

singingroot

分かります。

もりやん

でも、異世界に行ったら恋人選ぶでしょう。外国でも選んじゃうかも。

singingroot

ふむむ?

もりやん

ガンダムUCでいえば「撃てませぇぇぇぇん!」っていう倫理観、異世界では機能しない気がする。

singingroot

それは異世界/外国の「恋人以外の人間」に対して、どう言ったらいいのかな、親近感というか、同族意識とか、そういうものが薄いとかそういう話ではなくてですか?

もりやん

まあだいたいそういう話ですし、もっとフィールド的な話でもあるかも。
例えば、日本の崖で日本人の手を放すのと、外国の崖で日本人の手を放すのでは、けっこう抵抗感が違うような気もする。

singingroot

その抵抗感の感覚自体は分かる気はします。
それは私にとってはですが、「外国でそういう行動をとったとき、自分の社会的なreputationが下がるリスクが小さいから」っていう感覚なんですが。
どっちかというと、もりやんさんが今おっしゃってるのは、「外国でそういう行動をとったとき、周囲の人間がその選択に同意してくれるから」ですかね?

もりやん

あ、そういう考えはあんまりなかった。いっそ誰にもバレない条件で想像してた。
詩的に言えばお天道さまが見てるかどうかの違いですかね。
これは「故郷」っていうより、「日本」っていう世界特有の感覚なのかも。

singingroot

あ、そういう仮定ですか。

もりやん

誰にもバレない条件でも国内のほうが見捨てにくくないですか? わかります?

singingroot

すみません、そーなるとちょっと分からないかもですね……w
まあこの辺は個人によって色々違いそうではあります。

もりやん

あじゃあそれはおいといてw
ぶっちゃけ、異世界の人間にどう思われようが知るかって要素は確実にありますよね。

singingroot

そうですね、それは間違いなく。

もりやん

いろんな要素が影響すると思うけど、リオよりフィリアのほうが確実に大事だけど、異世界でフィリアを見捨てるのは良くても、日本でリオを見捨てるのはムリみたいな感覚はありません?

singingroot

それは、うん。あると思います。
異世界だから」「日本だから」なのかはちょっとわからないですが。
というのも、「フィリアは強い」「リオは弱い」だから父としてはリオを守らなきゃ、みたいなのも入ってきちゃう部分はあるので。
その辺コミコミで、最終的にそういう判断に傾くのは分かります。

もりやん

あーありますね。それと、「自分が守らなきゃいけないか」という言い方するとまたニュアンス違ってくるし。
で、逆説的に……なんですけど、だからエルザを殺してしまったのかな、というところに繋がる話だったんです。

singingroot

中元にとって、「自分が」守ったり殺したりできる――ある意味、なんだろう、「他人じゃない」相手が、エルザしか居なかった、ということですかね

もりやん

そうですそうです。
それでね、第五章あたりの話になってくるんですけど、日本でおしめ換えてるうちに、フィリアも「他人」じゃなくなった感じしません?

singingroot

ですねえ。少しずつ、改めて関係を結び直してるわけですよね。
元々鈍感スキルや若さのせいで相手の気持ちを理解できてなかった所を、JK達の助けを借りて、関係を結び直しているような。

もりやん

このへんが、なんというか、ストーリーラインはぐっちゃぐちゃでワケわかんないんだけど……なんか、スジは通ってるんですよね、この作品。

singingroot

わかりみ。

もりやん

なんで、章が終わってみると謎の達成感みたいなものがあるし、ホンモノ感がある。
途中では怒涛のパワーワードしか印象にないんだけど……なんだよ罪のミルフィーって!

singingroot

異常性癖とヒロイン

singingroot

いや面白いですよ本当に。やっぱり人物が破綻してるって感覚がないんですよね。

もりやん

わかりみ。

singingroot

無茶苦茶やってるし、ネタ先行で書いてるだろう箇所とかもあると思うんですけども、それがちゃんとその人間の個性として吸収されている。

もりやん

いわゆるギャグシーンでのキャラ崩壊とかって、僕萎えちゃうことも多いんですけど。
この作品だと、ああそうかお前はそういうカルマを背負っていたのかという納得感しかないのはなぜなんだw

singingroot

それもこう、「このキャラはこういうカルマのキャラなんです」っていう綺麗に統一された属性でやってるかっていうと、そうでもないじゃないですか。

もりやん

そうなんですよね……。

singingroot

ていうかフィリアのオムツ属性とか、どっから出てきたんだお前それは。

もりやん

ヤミツキになってんじゃねえよwww
あのーそれはやっぱり、一面にはリオがただのドMではなくて、昭和ガンコ親父好きっていう、一歩踏み込んだその、邪悪があるからですよね。

singingroot

別になんかトラウマのせいとかでもなくて、結局単なる性癖ですよね……。

もりやん

作者の都合でそこまで邪悪にはなれないっていうか……、もうそういう悪霊に取り憑かれてるんだからしょうがないって思えるというか……。

singingroot

悪霊w
ちょっと感想欄の話が出てましたけど、まあ全員ヒロインは邪悪っちゃ邪悪なんですけど、エルザは除いて、誰が人気とかってあるんですか?

もりやん

わかんねえよマジでw 毎回パワーワードにみんな脳を破壊されているので……やっぱり、一頭地を抜く邪悪さを持つアヤコちゃんBへの反応が大きいかなあ……。

singingroot

まあ……地の文とシステムメッセージの扱いが明らかに酷いですからね……。
ていうか綾子Aが相対的にすごくまともに見えてビビりました(小並感)。

もりやん

いやそのりくつはおかしい。Aもたいがいだからね?

singingroot

おかしいな……。
ヒロインについては、書籍化でイラストがどうなるかってのも気になりますね。その辺で印象がまた変わってくるかもしれない……いやおかしいのは何がどうあっても変わりようがないですが。
ていうかあゆま紗由でいいのか?

もりやん

アンジェはこういう絵柄が合う気はしますが。でもこの絵でアヤコちゃんは想像つかないぞ……。

singingroot

そうそう、この絵柄でちょっとヤバい組をどう表現するのかという……。

もりやん

口絵は炸裂してそう。4pフルカラー漫画とか入ってそう。

singingroot

どのシーンだw

もりやん

候補が多すぎるのですがw

singingroot

加筆だの修正だのがあるのかとかも含めて、怖いものみたさ的な意味ではすごく気になりますね、書籍版は。

もりやん

んでまあちょびっと話を戻しますとだ、なんだかんだ作品全体で、変態であることを肯定するような仕組みとか雰囲気作りはあるよねって。
なんというか……この作品での変態性は、人間関係における触手というか……。

singingroot

またなんかパワーワードが出た。

もりやん

干渉し合う部分でもあり、触るとヌメっとするからヒッってなるところでもあるんだけど、同時にコミュニケーションの手段でもあって。
だってリオが変態じゃなければ、おっさんがギャルとコミュニケーションなんか取れないじゃないですか。アヤコが変態じゃなければ、殻に閉じこもって出てこないだろうし。
基本的に異性怖いんだから、スケベじゃないと寄っていけないよね

singingroot

なるほど、もりやんさんの言う変態は、多分、「異常性」じゃなくて「突き抜けた性欲」みたいな感じのやつですよね。いや突き抜けてるから異常っちゃ異常なんだけど。

もりやん

「自分の奥底から出た」とかも付け足していいかな。

singingroot

そうですね。

もりやん

あと、「歪み」とか「偏り」という意味で、異常性に近いニュアンスもある。

singingroot

難しいな、表現が……。

もりやん

まあそれ、いってしまえば「個性」なんですけどね。
ヒロアカの「個性」だって気持ち悪いじゃんw9

singingroot

そうですね。なんていうか、それがリオとかの奥底から出てきたもので、そいつは中元にとって時に怖いし時にキモイし時に魅力的で、とにかくそれはリオの……まあ、引っくるめて言えば、個性で。

もりやん

んで、云うたら、個性が軋んでストレスが発生している状態のほうが正常なんですよ

singingroot

うん。

もりやん

エルザとは噛み合いすぎてたし、フィリアたちとは噛み合わなすぎてたし。
そういう意味で、かつてのパーティになく、いまの生活にある生命力みたいなものって、言い換えればその変態性というか、変態性が表出しているフィールドのことだよなあ……みたいな。

singingroot

それは多分、最初にアンジェがもたらしたものなんでしょうね。

もりやん

ですね! アンジェ天使だなあ!(錯乱)

singingroot

よし、やっぱりメインヒロインはアンジェだった。何の問題もない。

もりやん

いやーマジな話、エルザよりアンジェのほうがいい女だということに納得がいったような気がする。
懐が深いですよね、物理的にも精神的にも。

singingroot

確かにここまで話して、なるほどなって感じがしてきましたよね。

もりやん

すごく単純な違いとして、アンジェは恋敵のことを認識してるじゃないですか。

singingroot

そうなんですよね。友情一辺倒とか排斥一辺倒とかじゃなく、普通にちゃんと関係を結んでいる

もりやん

その上で競うし、蹴落とさないし、仲良くもするし、嫉妬もする。健全……この作品にこの表現を使うと頭がおかしくなりそうですが、健全ですよね。

singingroot

け、けん……ぜん……いや、しかし……確かに……?
あと、やっぱ元勇者パーティの面子の感情解説するのが地味に大事ですよねってのもある。10

もりやん

そう、人の気持ちが分かる子ですよね、アンジェは。しかもそれを鈍感カンストの中元に伝えられるあたり、頭もいい。

singingroot

彼女のあの技能がなかったら、今ほど上手くいかなかったことっていっぱいあるんだと思いますよね。

もりやん

ここで、実はエルザも認識していたんじゃないかと思うと突然ホラーになりますよw

singingroot

そこな!!!!どうだったんですかね!!!???

もりやん

思うに、本能的には感じてた部分はあったと思う。

singingroot

まあ立場が立場ですからねえ、気付いてたとしてもどうにかできたかは別の問題だったのかもしれないし。

もりやん

また、当時の中元にそれを受け入れる度量があったかという問題もあり……。
今のアンジェたちのような関係を築くことは結局不可能だったとは思いますが、エルザがアンジェほど視野と心が広くなかったのは事実でしょうね。
まあ、なんだかんだアンジェは善良だし優秀ですよ。性癖が邪悪なだけで……。

singingroot

まあアンジェたちだけでなく、詳しく語られてないけど、エルザも性欲はスゴかったとか書かれてますしね……。
あと性癖とかについては、もうそういう仕様だということで……。

もりやん

ぶっちゃけエルザも相当の地雷女だよなw
中元が気付いてないから我々に伝わってきにくいだけでw

singingroot

やっぱり中元視点以外のエルザ描写が楽しみです

まとめと次回への振りなど

もりやん

というわけで、だいたい語りたいことは語れたと思います!
アンジェがすごく好きになれた!

singingroot

うい、こちらも色々納得が得られて非常に楽しかったです。

もりやん

ちなみにいちおう聞いてみるけど、コレに関連しておすすめの作品とかありますか?

singingroot

今回の話から繋げるのに適切な作品、という意味です?
メインヒロインとはなんぞやとかハーレムの設計どーすんだとかバブみの扱いとかですかね、例えば……。

もりやん

合わせて読みたいとかお口直しでもなんでもいいですし?
別に我々の間での課題図書的な意味ではなく。

singingroot

あー、例えば『俺のロボ』とかは、"メインヒロインがナビゲーターAI" "現代モノ" "おっさん主人公"と、共通する要素が多いですかね。中身が似てるかどうかはともかくとして。
ノクタの方の『我にチートを』と同じ作者の作品ですね。

もりやん

あっノクタの話OK? いま僕の中で一番熱い作品ってノクタなんですけど。

singingroot

ノクタは数を読んでるかっていうと微妙ですが、別にエロはNGとかそんなのはないですよw

もりやん

じゃあ『こんなチンポに誰がした!』ですね。
Twitterにも書きましたが、あまりにも面白くて速攻で怪文書レビューを書き上げていた作品です

singingroot

書き出しが聖也を半年ぶりに射精させたのは、やはり黒淵麗奈だった。
インパクト大。

もりやん

「こいつタダモンじゃねえ」が何段階か来ますよ。

singingroot

ただ、もりやんさんのレビュー、いま読んでみましたが正直よく分からんかったです……w

もりやん

読み終わった上でコンテクストを把握してないと意味わかんないと思うw
最初600字のつもりで書いたら400字制限だったからめっちゃ削ったのもある。

singingroot

あー、レビューや感想の類ってほぼガン無視してるので知らなかったんですが、400字制限なんですね。

もりやん

感想はもっと長いと思う。レビューは400字ですね。

singingroot

ああ、感想は字数制限ないんですね。なるほど。
まあ性癖の問題もあるのでどのくらい話にノッていけるかは読んでみないと分かんないですが、ちょっと読んでみます。

もりやん

抜けるかどうかは別として、めっちゃ面白いですよ!

singingroot

あと、あけちともあきの作品も、カラーは少し似てたりしますかね。もりやんさんも読まれてるやつがあるかと思いますが。

もりやん

熟練度カンストの魔剣使い』と『転生魔王のマニュアル無双』は読みましたね。
『マニュアル無双』は、彼の作品の中ではやっぱりメジャー感があって素直に読みやすいですよ。
よわよわ魔王VS七人の勇者という構図が既に勝ってるし、笑顔の絶えない楽しい職場の話なのが良い。
エロは皆無なので口直しにはいいと思うw

singingroot

『マニュアル無双』は読んでないんですよね。やはり読まねば……。
初期は現代モノとかも書いてます。『シェイプシフター』はヒロインの存在感とかも面白くて、割と短いですし面白いかも?

もりやん

なるほど、僕もチェックしてみますね。
んじゃ今日はこんなところで!

singingroot

あいあい、お疲れ様でした。

もりやん

ありがとうございました!


  1. 文芸・書籍サロン - おーぷん2ちゃんねるに存在する、「小説家になろうおすすめ・雑談スレ」のこと。発掘することから通称スコッパースレと呼ばれているようだ。編集時点での最新スレは【荒らし厳禁】小説家になろうおすすめ・雑談スレ 31冊目

  2. singingroot氏のこと

  3. 永遠のアセリア - Wikipedia。主人公は異世界に勇者として召喚されるが、実際の扱いとしては、戦争奴隷同然に他国との戦争に駆り出されることになる。

  4. 異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに - 遅すぎたんだ参照。

  5. 転生したら剣でした』に登場する、やはりシステムメッセージ的な存在のこと。

  6. コミュ難の俺が、交渉スキルに全振りして転生した結果』のこと。交渉スキルという字面からは想像も付かないエロ小説展開が襲ってくることで有名。

  7. 異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに - 80%側の人間参照。

  8. To LOVEる -とらぶる-』シリーズの主人公、結城リトのこと。

  9. 僕のヒーローアカデミア』。ざっくり言うと、一定の割合で『X-MEN』的なミュータントが生まれるようになった世界が舞台の漫画。

  10. 前出の「遅すぎたんだ」と、異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに - サークルクラッシャー参照。

『恋愛ゲーム総合論集2』寄稿原稿公開について

在庫僅少につき各寄稿者による原稿公開の呼びかけがあり、1年越しになりましたがここに公開します。
主催の故・then-d氏には随分と無茶な原稿も受け入れていただき、多くの寄稿者と共に評論活動を行う場を与えていただきました。少しでも故人の活動が顧みられるよう願うものです。

なお、一部脚注については、HTMLリンクに置き換えました。

「恋愛ゲーム」の周縁における体験談―卑賎なエクストリーム・アート―

1.まえがき

日本シリーズ第7戦、ホークスVSドラゴンズ@ヤフードームを観ながらこの原稿を書いている。1アウト2ベースバッター多村、ホークス追加点のチャンスである。
なんとも二番煎じ感漂う書き出しだが、残り時間とリアルタイム具合が前回の比ではない。思い返さば2010年冬コミ前、日シリ第7戦の開催日は11月7日であった。ロッテ日本一セールの最中にロッテリアで原稿を書き始めたものだが、地元ホークスの日本一セールを待っていたら、締切に1日間に合わなかった。ナゴドで決めちまえというのだ。こんなところで、今年の我が国のスケジュールの押し具合を想起させられる。
そんなこんなで、サークル「theoria」の恋愛ゲーム論集シリーズ、2冊ぶりの登板である。前回までは志願登板だったが、今回は依頼登板なので、正直気楽に構えている。というか、なんだかんだと前回の原稿「三宅章介(略)」で、「恋愛ゲーム」については、けっこう書きたいことを書ききった感があるのだ。それでも、then-dさんが抜きゲーネタでいいからなんか書けというので、まあ考えてみるとしよう。
というわけで、前回の原稿の、「恋愛ゲーム」なる語について書いた部分を引用してみよう。

いや、本誌で扱われているような作品群をひと括りに「エロゲー」と呼ぶことの問題はわかる。「美少女ゲーム」という語も作られた感があり過ぎる。「パソコンゲーム」ではなにをかをいわんやだ。だいたいにして女の子が出てきて主人公とくっつくのだから、「恋愛ゲーム」と呼んでしまえば大部分の作品をカヴァーできるのは確かだろう。だがしかし、それゆえに、(ぼくはひとまず「エロゲー」という表現を用いるが)エロゲーを恋愛でもって語ることは実に危険なのだ。

従って、「主人公がヒロインの隠されたトラウマを暴く」というシナリオ類型は、エロゲーの構造に極めてよく適合する。主人公がヒロインの内面にアプローチし、ヒロインに関する新たな情報を開示させるゲームデザインを行う場合、それがストーリー上、ヒロインの抱えたトラウマで表現されることは実に合理的といえる。エロゲーにおいては、ヒロインと恋愛するストーリーより、ヒロインを救うストーリーが適しているのだ。

さて、ここにおける「恋愛ゲーム」あるいは「エロゲー」の定義は、「ポルノ要素を含むゲーム」であることを前提としており、なおかつ「葉鍵後」の一般的イメージに準じている。乱暴に一般化すれば、「ストーリーの分岐およびポルノ要素を含むゲーム」のことであり、かつ、「商業、ないしそれに準ずる規模で流通する作品」という条件を暗黙裡に含むとしてよい。なんとなれば、作品の批評的価値、ぶっちゃければ知名度は、その流通規模に大きく左右されるからである。
では、かつてそのような作品を多数プレイしていた筆者が、今プレイしているの作品が、この定義に沿っているかといえば否である。原罪のぼくの主戦場はdlsite.comであり、そこで展開されている、小規模かつ「非収益的」な同人ポルノ作品なのだ。これは、システム面で見れば「CG集」としか解釈しようのないものを含んでいる。
いや、別にエロゲーの本質はエロCG集である、とかラディカルに過ぎることを言うつもりはない。しかし、「恋愛ゲーム」という語には包摂されず、しかし文化的にはその周縁に属するような作品群について言及することは、批評的見地からみてまったくの無為であるとは思われない。例うれば、現在商業エロゲーにおいて一定の勢力を獲得している寝取られ作品の流行は、商業流通に乗らない低価格作品において準備された面が否めない。
本稿で紹介する作品は、恐らく読者の大多数にとって認識も興味もない作品だろう。しかしながら、そこに文化はあり、そこに批評の余地は必ずあるのだ。商業エロゲーに「行き詰まり」を指摘する声の少なからぬいま、異質のコモンセンスのもと成立するこれら作品に目を向けることに、あるいは新たな可能性のひとつやふたつ見出されるやもしれぬ。うし、言い訳終わり。
『イラストとテキストを含み、PCプラットフォームで展開されるポルノ作品』
「準エロゲー」として、その文化的周縁に位置する作品の成立要件を定義してみるならば、こんなところだろうか。小規模なAVG作品はもとより、デジタルコミック、インタラクティヴFLASHコンテンツ、オリジナルドラマCDなどが、この定義には含まれ得よう。これに則り、個人的に着目する作品・製作者について、本稿で紹介していこうと思う。

2.DS[daemon slave]シリーズ(サークル「黒電車」

本シリーズは、なまいき悪魔娘こと「しるこ」をヒロインとする、イラストレーションおよびアニメーションによって成るポルノ・ストーリーである。
二次元ポルノにおいて、エロティシズム追求の過程で生まれてきた表現として、「淫語」と「アヘ顔」がある。「淫語」はエロゲー、「アヘ顔」はエロ漫画において、近年の主要なテーマとして存在してきたといってよい。淫語表現のシンボルとしての『戦乙女ヴァルキリー』シリーズ、その後嗣としての『姫騎士アンジェリカ』、そしていぐぅ声優ことサトウユキの活躍などは、比較的有名なトピックであろう。
「淫語」にせよ「アヘ顔」にせよ、一般に「美少女ゲーム」とも呼称されるポルノゲーム文化において成立した、いわば「デオドラント系*1」の過剰に清潔なポルノ表現へのアンチテーゼとして登場してきた面がある。それは破滅と崩壊のエロティシズムであり、可憐と美麗の否定といえる。一方で、「美少女」なきポルノ表現の限界もまた厳然と存在し、王道をゆくポルノ表現はその「破滅と崩壊」に足る美少女を常に用意せねばならない。サトウユキの起用はむしろ、その可憐な声質にこそ理由を求められるのではないか。
DS[daemon slave]シリーズの魅力は、激烈な調教行為による破滅と崩壊のエロティシズムと拮抗する、ポップでキュートな表現にある。例えば、ショッキングピンクのポップ系フォントによる淫語表現である。例えば、髪色と同系のピンクに彩色されたバサバサ系まつげ、艷めいたグラデーションの唇、描き込まれた歯列によって成るアヘ顔表現である。例えば、犬飼あおによる媚態そのものの音声演技である。例えば、主人公としるこの間に結ばれる、意外なほどストレートな純愛である。
本シリーズは、一般的なAVGの感覚からすれば、非常にプレイ時間が短い。それは、小規模流通ゆえの効率の悪さでもあるし、手の込んだトータルデザインが要求する制作コストのためでもあるだろう。一人のアーティストが、コストを度外視してやり込んで初めて突破できる領域にこの表現はある。しるこは可愛い。そしてエロい。なにか問題があるだろうか? しるこを追い続けてプレイを重ね、二人の愛の物語が示す道筋を知った時、その結末を求めずにはいられなくなるはずだ。

3.プリンセスサクリファイス 供犠姫フィーナの冒険(サークル「猫ひげラジオ」

同人ゲームの話をするのはよかろう。抜きゲーの話をするのだって悪くはないだろう。だからって制作中のゲームの話をするのはいかがなものか。いいんだ、今年一番ハマったゲームだから。それが試作版であったとしても。
本作は、エロティシズムをテーマの中核に置いたRPG作品である。その最大の特徴は、いつでもどこでも発生するエロイベントにある。戦闘中にモンスターに犯される。村を歩けば村人に犯される。裸体に精液まみれのまま往来を闊歩する。そのまま広場に立ち入って視姦される。それらすべてがスキルラーニングとステータスビルドによって自らを鍛え世界を救うことにつながってゆく。
かつてRPGと呼ばれたゲームがテーブルトークRPGと呼ばれるようになった代わりに、かつてコンピュータRPGと呼ばれたゲームはただRPGと呼ばれるようになった。戦闘とリソース蓄積と剣と魔法と魔王討伐を指すようになったロールプレイングゲームの本義、一人のキャラクターの人生を演じるゲームの醍醐味がそこにある。ああ、堕落ってキモチイイ……!
『プリンセスサクリファイス』ではなにができるのか? パンツを脱いでモンスターを誘惑し、絶頂スタンコンボで無抵抗のまま犯され死に、むくりと起き上がって半裸汁まみれのまま敗走することができる。イモを盗んで自警団に追い回され、とっちめられて輪姦された末無一文で放り出されることができる。圧倒的な被虐度で打たれるたびにMPを回復し、絶頂に怯えながらスキル連打することができる。淫売の噂に尾ひれが付いて、水浴びを覗かれ続け、ついには犯されることも……完成版では可能になるはずだ。
ムービーゲーと揶揄されたゲームは、自由度がないと貶された。ならば本作をプレイするべきだ。求めるべき自由はここにある。不死身の力によってあらゆる失敗が許容される、極限の自由がここにある。「便器姫」の称号を冠し、淫靡そのものの姿を晒しながら、それでもいちおう世界を救わんとする内気で健気な少女として旅することができるゲームが他にあるだろうか?
ポルノ要素を含むRPGはいくらもあるが、それがストーリー・ゲーム性と決定的に癒着し、互いに侵食し合ってまったくの異形を造形する作品は唯一無二と断言する。『プリンセスサクリファイス』、いま最も注目する「ゲーム」である。

4.あとがき

日本シリーズはホークスの優勝で幕を下ろした。まことにめでたい。地元福岡で繰り広げられる一大セールが楽しみである。すっかりと小さくなった気のする王会長の笑顔も格別である。また、完全なる有終の美を飾ること叶わなかった落合監督も、新たなモチヴェーションを得たのではないだろうか?
一仕事終えたあとの一服はまた味わい深い。今夜もまた、DS04のお世話になるとしよう。DS05と、プリサク完成版にまみえる日を心待ちにしつつ。

三宅章介を深ーく考えるってことはよォーーー、『幸せにエロゲーしているか?』どーかにつながるからよー、とっても大切なことだと思うわけよ(『恋愛ゲームシナリオライタ論集 +10人×10説』収録)

1.ロッテリアにて
 値上がりした煙草(*1)を吹かし、日本シリーズ優勝セール(*2)で半額になったジンジャエールを飲みながらこの原稿を書いている。
 これが書き出しなのだ。一行目なのだ。色々と察せられるものと思う。C79は12月だ。来年の夏ではない。
 つまるところ、尋常でなく原稿が切羽詰まっている。どのくらい切羽詰まっているかは、参加者でなくとも、主催then-d氏のblog(*3)を事細かにチェックされている方ならば一目瞭然だろう。
 なぜこんなことになってしまったのか。まずはそこから述べねばならない。
 FFやウイイレの新作が出る度に一部漫画家の原稿が遅れるように、個人の作業といえども世の中の流れに大きく左右される。ワールドカップ期間中、ぼくの小説原稿が1ミリも進まなかったことは記憶に新しい。
 では、夏コミ後、締め切り前の期間、時間泥棒として活動したイヴェントはあったのか。それがあったのだ。オンラインで行われるものとしては世界最大規模だろう格闘ゲーム大会、「GODSGARDEN Online #2」だ。
 ぼくがこの大会に影響されて(実際にはそれだけが理由ではなかったが)『SUPER STREET FIGHTER 4』を始め、夜な夜なネット対戦でボコられたり、試合の野良実況まで行っていたことをご存じの読者もおられよう。はっきり言って、燃えた。生活がオンゴッズ中心に回っていたと言ってもいいくらいだ。この熱戦の記録は現在でも動画で観ることができる。(*4)格闘ゲームに興味のない方も、是非一度体験してみてほしい。そして、上級者同士の壮絶な駆け引きに、思いを馳せていただきたい。なに、弱ければ弱いなりの楽しみもある。なにせ人外魔境のゲーセンに行かなくても、ネットで実力に見合った対戦が楽しめるのだ。ぼくの熱心な普及活動が実り、新たに数人のプレイヤーが夜な夜なネット対戦でボコられていることもまた、それなりに周知の事実だ。
 あとはまあ、私事ではあるが、職場が変わったりして、なかなか落ち着くヒマがなかった。さらに私事だが、小説も詰まっていた。そういうわけで、11月に入るまで、この原稿のことをすっかり忘却していたのだ。――当然アセる。(*5)
 とはいえ、ぼくも原稿を引き受けてから進退窮まるまでの間、全くなにも考えていなかったわけではない。いくらかの策戦(*6)を練ってもいた。というより、三宅の作家史は数年前からのぼくのテーマでもある。ということは数年前までの作品が論の中心となっている、というかぶっちゃけTTTなんかやってねえよめんどくせえ(*7)。
 というか。というかだな。前回の論集『+30×30』において、担当ライターの作品を一通りプレイせずに知ってる作品だけで論ずる、というのは一種のネタだったのだ。苦し紛れではあったにせよ(*8)、そこは明確に笑いを意識していた。ところがどうだ。いざ本が出来上がってみれば、担当ライターの全作品を対象に論じている者のほうが少ないくらいの勢いではないか。なんだそりゃ。『ナルキッソス』全部やらないで片岡とも論ってなんなの、とかツッコまれるのを覚悟で銀色の話ばっかしていたぼくがアホみたいではないか。なんかもう、一人で古き良き時代の記憶にひたっている老害にしか見えない。否定はできないが。
 思い返せば『ToHeart2』の発売から既に6年、『ToHeart2 XRATED』から数えても5年以上が経過している。その間ぼくは、そしてエロゲーは、一体なにを成してきただろうか。永田町辺りの事情も併せて、後年「失われた○○年」(*9)と呼ばれることは請け合いだ。時は誰の上にも平等に降り積もり、しかし人生の結果は平等ではない。セカイは常に機会平等主義だ。さにあらば、せめて機会を与えられたことに感謝すべきか。『ToHeart2』は誰にも等しく与えられた。それをいかに解釈するかは、それこそエロゲーマーとしての生き方の問題だろう。
 ここでまたしても電池が切れた。この原稿はポメラ(DM10)+エネループで執筆しているが、どうやらエネループが相当ヘタっているらしく、このところ書き始めるや否や電池切れという状態が続いている。作業効率が悪いことこの上ない。やむを得ず、通常の使い捨て電池を買ってきて執筆を再開した。なんか上手いこと言ったような気がするからもう終わりでいいかなーと思わなくもなかったが、よく考えたら三宅の話を全くしていなかったので、涙を堪えて書かずばなるまい。
 そういうわけで、そもそも近年のエロゲーのプレイ量が相当に不足していることでもあるし(*10)、『こみっくパーティー』『天使のいない12月』『ToHeart2 XRATED』(*11)の3作品を題材に、三宅の作家的挑戦の歴史と、エロゲーの本質について考察してみたい。
 『TH2』をネタにして『TH2 Another Days』は扱わないのかと言われそうだが、扱わない。プレイする気もない。ミルファはぼくの胸の中に生きているからだ。具体的に言うと、メイドロボ三姉妹を主役にしたアフターストーリーの構想が2本ほどあるからだ。官製ミルファを体験することは、ぼくのミルファの決定的死に繋がる。それを受け入れる気持ちには、今のところどうしてもなれないのだ。というか、ミルファシルファに個別ルートとか本当に要らないのだが、その辺りもおいおい語っていくとする。
 と言いつつ結論を先取りすると、『TH2』姫百合姉妹シナリオこそ三宅の集大成的「作品」といえる。ここには三宅5年間の歩みが全て詰まっている。本稿が、姫百合シナリオの再評価、ひいてはエロゲーの本質の正しい認識をもたらす一助となることを願うものだ。って、こりゃ結びの一番だったな。まあいいや。本編に進む。
2.夢よ、人の望みの喜びよ
 ぼくのエロゲー人生史上最高にハマった作品といえば『こみっくパーティー』ということになる。といってもプレイしたのが発売後3年の2002年ごろであり、リアルタイムの熱狂を共有したわけではないので、そう大したものではないと思う。『Fate/stay night』を除けば、だいたいにしてぼくのプレイ体験は後追いなのだが、ともあれ1キャラ当たり最低2周はプレイしているはずだ。
 そして、最高に泣いた作品、あるいは最高に抜いた作品(*12)という基準ではともかくも、プレイする喜びにおいて『こみパ』を上回る作品に、未だぼくは出会っていない。
 さて、『こみパ』の作品性と、そこに読み取れる三宅の作家性に言及する前に、本作が生まれるまでの流れを一通り振り返ってみることとしたい。
 といっても、『DR2ナイト雀鬼』『Filsnown -光と刻-』の二作品で大きな成功を収めることができなかったLeafが、高橋龍也水無月徹のコンビを抜擢し、ビジュアルノベル三部作において社会現象的とも呼べるヒットを飛ばしたことは、あまりにも有名な歴史だろう。あえてその作風を端的に述べるならば、ストーリーに注力するために、ゲーム性やグラフィックに注ぐリソースを切り詰めたものといえる。そしてその戦略は、その後のエロゲーの殆ど全てがフォロワーと化すほどの影響力を持っていた。
 これは、エロゲーブランドの御三家が、アリスソフトを除いて入れ替わるきっかけとなった事件だった。しかし、高橋と水無月は、アミューズメントソフト『初音のないしょ!!』の製作に携わったのを最後に、Leafを退社する運びとなる。
 『こみパ』はLeafにおけるみつみ美里の初原画作品だ。こちらも周知の通り、みつみはかつての御三家の一角、カクテルソフト(後のF&C)の看板原画家だった。みつみと、彼女の同人活動におけるパートナーでもあった甘露樹の移籍は、時代の移り変わりを示す象徴的な出来事として人々に記憶されることとなった。
 ここで、旧御三家時代におけるエロゲー業界の潮流を振り返ってみよう。旧御三家でも最も古い伝統を誇るアリスソフト(旧チャンピオンソフト)は、その歴史を通じて優れたグラフィックと高いゲーム性でもって知られるブランドだ。しかし、他が追随できない高すぎる実力を持つがゆえに、アリスソフトにフォロワーが大挙し、時代の潮流となった事実は、アリス20年の歴史においても記録されていない。御三家時代における時代の中心は、概ねelfにあったといえる。
 elfの最大の功績は、『世界の果てで恋を歌う少女YU-NO』を初めとするマルチサイト作品群によって、エロゲーにストーリー重視(elfのそれは高度にゲームシステムと連動するものではあったが)の流れを根付かせたことにあるといえよう。むろん、『YU-NO』のシナリオを担当した菅野ひろゆき(旧名剣乃ゆきひろ)を世に送り出したシーズウェアの功績は忘れられてはならないが、歴史は勝者が作るものだから。当然、Leaf Visual Novel三部作は、菅野が作った土壌の上に成立したと見るのが妥当だろう。
 では、ゲーム性でもストーリー性でもない、カクテルソフトを御三家たらしめた要素とはなにか。美少女だ。ファミレスの制服をフィーチャーした『Pia♥キャロットへようこそ!!』シリーズに代表される同ブランドの作風は、ひたすらにヒロインの可愛さを突き詰めたものだった。それは、システムよりシナリオより、なによりグラフィックに重きを置くスタイルだったといえる。みつみ・甘露も参加した『Pia2』においてそれは、セックスシーンの排除によるヒロインの希少化戦略にまで行き着いた。(*13)実のところこれは、90年代終盤におけるelfの主力シリーズ『○作』においても踏襲されることとなる。(*14)
 独立独歩のアリスソフトを除けば、この時代はいわば禁欲の時代だったといえる。明朗とはいえないストーリーのためにセックスシーンを削られ、セックスできない極上の美少女を前に歯ぎしりするプレイヤーの姿が、プレ『こみパ』の世界だった。
 看板作家を失い、これといった大ヒットを飛ばせていなかったLeafは新たな道を見つけなければならなかった。本作のシナリオはメインの三宅を含めて3人がクレジットされており、これは高橋無きあとのLeafライター陣の実力・実績のほどを端的に表す事実といえる。チャンスと成長の場を与えられたカクテルソフトを飛び出したみつみにとっても、本作は自らの実力を証明すべき最初の関門だったといえよう。『こみパ』はかような「ゼロからのスタート」を出発したのだ。
 では、『こみパ』とは何だったのか。それは、オタクの願望充足装置だった。そして、エロゲーの全ての快楽を詰め込んだ究極兵器だった。それは原点だった。そのための舞台装置として設定されたのが、タイトルでもあるコミックパーティ――現実におけるコミックマーケットだ。
 サークル「Cut a Dash!」での成功によって商業活動に引き上げられたみつみにとって、こみパコミケは活動の原点だ。そして、アニメをゲームを漫画を愛するオタクにとって、コミケは夢そのものだ。『こみパ』は、単にコミケを物語の舞台とするだけでなく、作品構造に深く取り入れている。
 主人公・千堂和樹がこみパで成すべきことはふたつ。ひとつは、ヒロインと出会い恋をすること。そして、大手サークルとなり同人作家としての成功を収めることだ。
 みつみと甘露の手になるヒロインたちは、当時の最高水準のビジュアルを誇っている。彼女たちとの恋愛は、カクテルソフト一流の美少女快楽を見事体現するのみならず、アニメの美少女たちの艶姿を求めて邁進する、プレイヤーのコミケ体験とも合致するものだ。そのため、『こみパ』のセックスシーンは、カクテルソフトのそれより遙かに濃い。もちろん今でいう抜きゲーとは比べるべくもないが、それでも「純愛ゲーム」にエロを取り戻したことは確かだといえよう。
 さらに、各ヒロインには美大受験の失敗から「コミケ・ドリーム」目指して奮闘する和樹の性質を反映して、熱血的なストーリーが必ず付随している。それは、後に「葉鍵」の片割れであるKeyの作風として広く認知されるような、ヒロインの物語に主人公が大人しくお付き合いするようなものではなかった。むしろ、主人公とヒロインのエゴが相克するような、和樹の夢であるこみパという舞台装置を存分に活かしたものだった。ここには、ビジュアルノベル三部作的なストーリーを読む快楽も確かに息づいている。それも、遙かにまっとうな、むしろ『EVE』的とすらいえるエンターテインメントだ。特に、みつみをモデルとしたヒロイン・大庭詠美シナリオにおける青春映画顔負けの展開は、「オタクが送ってみたかった青春」としてまばゆい輝きを放っている。
 そして、これらをゲームシステムが支えている。『こみパ』の基本システムはSLGであり、そこにおける売り上げ部数がストーリーの進行フラグになっているのだ。ヒロインとの接触を増やし好感度を稼ぐ要素もあるが、ゲームパートにおけるアドヴァンテージ、すなわち同人作家としての成功なくしては、ヒロインとの恋愛を進展させることはできない。むしろ、恋愛の達成はゲームパートにおける成功に付随する要素に過ぎないとすらいえる。ストーリー上でも、メインヒロインである高瀬瑞希を除けば、その進行は概ねこみパにおいて起こる諸問題の解決を軸にしており、恋愛関係の成立はほとんど、結果論だ。
 ここで着目すべきは、『こみパ』における三宅のシナリオは、恋愛を主軸としていない点だ。ゲームの基本的な目的は同人作家としての成功にあり、ヒロインは目的達成に対する報償のヴァリエーションに過ぎない。ゼロからの成功を目指し、三宅がみつみを立てて作り上げたゲームは、恋愛ゲームではなかったのだ。
3.タイガー&ホース
 正直なところ、ぼくはこの本の『恋愛ゲームシナリオライタ論集』というタイトルに不満がある。けっこうあちこちで公言しているのでご存じの読者もいらっしゃるだろうが、「恋愛ゲーム」という表現は、本質的ではないと考えるからだ。
 いや、本誌で扱われているような作品群をひと括りに「エロゲー」と呼ぶことの問題はわかる。「美少女ゲーム」という語も作られた感があり過ぎる。「パソコンゲーム」ではなにをかをいわんやだ。だいたいにして女の子が出てきて主人公とくっつくのだから、「恋愛ゲーム」と呼んでしまえば大部分の作品をカヴァーできるのは確かだろう。だがしかし、それゆえに、(ぼくはひとまず「エロゲー」という表現を用いるが)エロゲーを恋愛でもって語ることは実に危険なのだ。
 さて、三宅属するLeafを語る上で切っても切れない存在がKeyだ。アリスソフトと合わせて新御三家とも呼ばれたLeafとKeyは、その関係の深さゆえ、まとめて葉鍵と称される。当時のLeafとKeyの位置づけについては、2ちゃんねるにおける葉鍵板誕生に関する資料を参照するのが簡単だろう。(*16)
 90年代の後半からゼロ年代の前半を通じて、葉鍵エロゲー業界における最大の巨人だった。Leafビジュアルノベル三部作によって提起した「ストーリー偏重」スタイルは、Keyの初期三部作(Tactics時代を含む)、すなわち『ONE』『Kanon』『AIR』によって支配的なものとなり、その後の作品群にあまりに多大な影響をもたらした。その功罪は措くにしても、Key初期三部作にはひとつの明確な特徴が見て取れる。それが、ヒロインのトラウマに基づく作劇だ。
 Keyのブレイク以後、ストーリー重視のいわゆるシナリオゲー(あるいは陵辱に対する純愛ゲー)においては泣きゲー・鬱ゲーと呼ばれる、ヒロインの抱えたトラウマな深刻な事情に焦点を当てた、陰鬱な作品が主流を占めることとなった。これは根拠のない「柳の下の泥鰌」なのか? いや、社会的な時代背景は措くとしても、柳の下に泥鰌がいる理由は確かにあるのだ。
 エロゲーの多くはゲームジャンルとしてはアドヴェンチャーゲーム(AVG)に属する。すなわち、テキストを読むことによってゲームを進行させ、選択肢を選ぶ(*16)ことによってクリアフラグを立てるゲームだ。そして、著名なAVGのほとんどは、ミステリゲーム、謎解きゲームだ。システム上、AVGにおいてはシナリオ分岐が重要な要素になり、新たな分岐を発生させる――新たな情報を開示させるというゲーム性を素直にストーリーに落とし込めば、ミステリになるのは自明の理といえよう。実際、LVN三部作のうち、『痕』はミステリの要素を多分に含む作品だ。
 そして、エロゲーにおいてはさらに「ヒロインを攻略する」という要素が加わる。話を純愛系エロゲーに限るなら、そのほとんどは、ゲーム目的を特定のヒロインとの恋愛関係を成立させることにおいている。そして、男性である主人公(プレイヤーキャラクター)がそのための努力を払う。主人公が直接的に「女の子を落とす」ことを指向していなかったとしても、ストーリーの展開は主人公の行動、あるいは選択によることが常だ。エロゲーにおける主人公とヒロインの関係は非対称的であり、肉食獣と草食獣の関係のように一方的だ。本稿ではその倫理的是非に踏み込むつもりはないし、個々の作品において表現されている男女関係は一概に論じうるものではないが、構造的には主人公からヒロインへのアプローチがゲームを成立させていることは間違いない。これがコメディになると、ヒロインがボケて主人公がツッコむ(*17)という漫才スタイルになる。
 従って、「主人公がヒロインの隠されたトラウマを暴く」というシナリオ類型は、エロゲーの構造に極めてよく適合する。主人公がヒロインの内面にアプローチし、ヒロインに関する新たな情報を開示させるゲームデザインを行う場合、それがストーリー上、ヒロインの抱えたトラウマで表現されることは実に合理的といえる。エロゲーにおいては、ヒロインと恋愛するストーリーより、ヒロインを救うストーリーが適しているのだ。
 純愛エロゲーにおいては、必ずと言っていいほどヒロインと恋愛関係を構築するエピソードが含まれ、ほとんどの場合はそれがエンディングに結びつくため、そうした作品を「恋愛ゲーム」と捉えがちだ。しかし、エロゲーのゲーム面での実態は、選択しによってフラグを立て、新たな分岐・新たな情報を開示させるゲームであり、ヒロインとの恋愛は、極めて有力なヴァリエーションに過ぎない。
 さて、『天使のいない12月』だ。本作は、三宅の4年ぶりのオリジナルタイトルであり、初めて単独でシナリオを担当した作品だ。原画はみつみと、みつみの師匠であるなかむらたけしが担当している(甘露はグラフィック監修としてクレジット)。グラフィックスタッフは、御三家の一角にふさわしい、威風堂々たる面子だ。
 本作の広報において、三宅を含むスタッフ陣は、口を揃えて「本作は恋愛ゲームではなく青春ゲームだ」と発言していた。では、『天いな』のストーリーがいわゆる青春モノ的な魅力を表現していたかといえばそれは怪しい。いわば、本作のテーマは「青春」ではなく、「アンチ恋愛」だ。
 主人公・木田時紀は、無気力かつ厭世的な少年であり、学校の屋上を占拠して喫煙することを日課としている。メインヒロインだ栗原透子は無能・弱気・不美人(*18)の三拍子揃った少女であり、屋上に逃げ場所を求め、交換条件として木田に体を差し出す。これが共通シナリオの出来事だ。
 これが、内心では木田に恋していた透子の、遠回しなアプローチだった……というような話は本当にない。二人は愛情のないセックスに溺れ、はっきりした恋人同士にならないまま結末を迎える。それは他のヒロインのシナリオの場合も同様であり、どのルートでも木田が透子と性的関係を持つ以上、より純愛の観念からはかけ離れた内容といえる(*19)。ではエロティシズム重視の抜きゲー作品だったかといえば、それも否。本作のセックスシーンはあくまで、「ストーリー上必要な」シーンの枠をはみ出すことはない。シナリオゲームの二大巨頭たるLeaf作品らしくストーリーに力点が置かれ、純愛/陵辱の二分法によれば純愛に入れざるを得ない。しかしまっとうな恋愛とは真逆を向いているのが本作の特徴だ。
 『天いな』のストーリーの要点は、木田がヒロインとの関係に答えを見つけだすことにある。それは、恋愛の成立条件とイコールではないし、倫理的に正しい必要もない。二人が納得できる答えを木田が得ることが、各シナリオのクライマックスの展開だ。
 これは、キワモノのように見えて、実は優れてエロゲー的な作劇ではないだろうか。AVGのシステムで表現すべきは問いに対する答えであり、シナリオがヒロインごとに分岐する以上、その答えは各ヒロインに固有のものであるべきといえる。極論をいえば、恋愛の成立がゴールである限り、各分岐シナリオは、同じ結論に違うパートナーとたどり着く過程に過ぎない。あえて恋愛から離れ、一般的な倫理観念に背を向けて、当事者以外には意味を持たない答えを描こうとした三宅の態度は、エロゲーの本質を克明に浮かび上がらせる有意義な試みと考える。
 そして、三宅独自の発展といえるのが、サブキャラクターの活用だ。透子以外のシナリオでは、自然、すでに肉体関係を結んだ透子との関係をいかに清算するか、という答えも求められることになる。それだけでなく、色々な意味で不健全ではあるものの、親友同士である透子と榊しのぶの関係についての答えも、両ヒロインのシナリオでは重要な要素となる。須磨寺雪緒シナリオでは木田の妹・恵美梨が、葉月真帆シナリオでは真帆の現恋人・霜村功が絡んだ三角関係が成立し、それぞれにストーリー上の焦点となってくる。恋愛がテーマではない以上、人間関係が一組の男女の枠内に留まる必要はなく、むしろそうした諸条件の提示によって、回答の固有性を強調することも可能になっている。例えば、恵美梨を受け入れなかった雪緒が木田になにを求めていたのかということは、雪緒シナリオのテーマとして特有の味わいをもたらしている。
 そもそも、エロゲーのストーリーが主人公と一人のヒロインの関係描写に偏りがちであるのは、セックスシーンの相手によってシナリオ分岐を行う必然性と、複数の相手と性交渉を行うことへプレイヤーが感じる抵抗の合成によるものに過ぎない。本作の発売された2003年以降、エロゲー全体が、攻略されなかったヒロインを含むサブキャラクターの登用へ向かってゆくのは周知の事実だが、脇役的な登場ではなく、解決すべき人間関係の一部としてサブキャラクターを組み入れる作劇は、『君が望む永遠』を除けば純愛系では類を見ないものだった。また、『君望』のそれが作品独自のドラマを成立させるために要請された意味合いが強いのに対し、『天いな』の技法は従来的なエロゲーの延長線上に位置し、高い汎用性を供えている。
 それは、逆に言えばありきたりだということでもある。エロゲーにおいて、セックスシーンのないキャラクターは本質的に全て脇役といえる。セックスシーンのある「ヒロイン」同士の相互関係が描かれたのは、透子としのぶの間のみだった。それが『天いな』のひとつの限界だった。
 なにより、本作の最大の欠点は、面白くないことだった。こう言ってしまうと身も蓋もないが、プレイヤーに共感可能な体験を描くことに集中したわけでもなく、明るさも楽しさも盛り上がりもない『天いな』のシナリオは、『こみパ』にあったプリミティヴな魅力、願望充足装置としての能力を全く失っていた。いや、個人的には、バラ色の青春は非実在青春なので、透子との関係は、自分が送ることのできなかった「理想の灰色青春」として胸が熱くなるものがあったのだが、一般的には失敗作、いいとこ実験作と評価せざるを得まい。しかし、この失敗が、次回作で大きく花開くことになるのだ。
4.強能力者
 スタッフロールによれば、『ToHeart2』で三宅が担当したヒロインは姫百合珊瑚&瑠璃、ルーシー・マリア・ミソラ、『XRATED』で久寿川ささらだ。このうち、ぼくが最も重要と考えるのは、先述の通り、姫百合姉妹シナリオだ。従って本稿ではこれを中心に論じる。
 さて、『ToHeart2』だ。かつてLeafを一流ブランドに伸し上げた『ToHeart』の続編であり、シミュレーションゲームだ『うたわれるもの』を除けば、『こみパ』以来のアニメ化作品でもある。Leafが誇る原画陣(みつみ、甘露、なかむらに加え、カワタヒサシ)が一同に会し、東京・大阪両開発室が共同で開発した本作は、高橋・水無月退社後におけるLeafの総決算的作品といえる。
 その『TH2』で、三宅は『こみパ』と『天いな』で行ってきた試みにひとつの結論を見せている。それが、姫百合姉妹シナリオだ。webに発表した感想も併せてご一読いただきたい。(*20)
 三宅は、「恋愛ゲーム」において、恋愛以外の要素によって物語を成立させてきたシナリオライターだ。『こみパ』と『天いな』では恋愛と近接するテーマが語られてきた。『こみパ』では主人公自身の人生の達成に伴う恋愛の成立。『天いな』では肉体関係に基づく男女関係と、それにまつわる問題の解決だ。
 ならば、彼が『TH2』というまっとうな「恋愛ゲーム」たらねばならない作品で執筆するとき、そこには「恋愛の中の恋愛でないもの」が立ち現れてくるのではないか。その、彼の作品に欠落していたテーマが、幸福だ。
 繰り返し述べてきた通り、エロゲーの本質は答えを求めるゲームであり、その答えはヒロインごとに個別のものであるべきといえる。多くのエロゲーでは、恋愛関係の成立、もっといえば両想いになることがその答えとして提示されてきた。いわゆる好感度システム、ヒロインの好意を得ることを目的とするゲームデザインからすれば妥当な作劇といえる。だが一方で、互いに愛し合っていながら幸福になれない男女を、我々は現実でも物語でも、いくらでも見てきたのではなかったか。
 『TH』の続編制作に当たって、主人公とヒロインの間に恋愛関係が成立することは前提条件と言ってよい。(*21)両者は両想いになる――それが可能なゲームデザインが行われる。しかし、それはそのまま、彼らが幸福になることを意味するのだろうか。
 ここで、姫百合ルートの内容を時系列で振り返ってみよう。珊瑚・瑠璃姉妹の幼少期、優れた頭脳を持ちながらも変わり者で周囲から浮きがちだった珊瑚を、瑠璃が守っていた。そのために「友達」がいなくなった瑠璃のために、成長した珊瑚は、瑠璃の「友達」たるべきメイドロボを開発する。かのHMX-12マルチの末裔たる、来須川エレクトロニクス製HMX-17モデルの3体。そのうち最初にロールアウトした長姉がイルファだった。使命に従い瑠璃に尽くそうとするイルファだったが、珊瑚に姉以上の感情を抱く瑠璃は、二人の関係に介入してくるイルファを拒絶する。ここまでが、主人公・河野貴明が介入するまでの、ヒロインたちの経緯だ。
 彼女たちは、互いを愛するがゆえに行き詰まっている。恋愛感情も含めた愛情で繋がっているのに、幸福からは遠ざかっている。道を誤っているのに、それを正す方法を見つけられないでいる。その答えを見つけることが、このシナリオにおける貴明の役割だ。
 貴明は、イルファが瑠璃への愛情を正しく表現できていないことを指摘し、イルファ(あるいは、彼女を生み出した珊瑚の思いやり)を受け入れられない瑠璃の苦しみを受け止め、珊瑚の家族全員への深い愛情を受け入れる。そして、自分自身を含めた全員が家族として、全員を愛しながらともに暮らしてゆくという、「たったひとつの冴えたやり方」にたどり着くのだ。
 ここで重要なのは、彼らの関係が、「両想い」の成立を、必ずしも前提としてはいない点だ。珊瑚は瑠璃に姉妹以上の感情を抱いてはいない。瑠璃はイルファを珊瑚ほど大切に思えない。イルファの瑠璃への感情は、メイドロボも「友達」も逸脱しており、姉妹を同等に扱うこともできていない。そして彼女たちは全員、一番大切な人が貴明ではない。貴明自身、彼女たちの「重さ」に釣り合うほどの愛情と覚悟を抱いているかといえば、はなはだ心許ない。
 それでもなお貴明は、ヒロインたちの幸福のために奔走し、形は違えども全員を平等に愛し、全員が幸福になれる方法を提示する。姉と妹、人と機械、二股三股という、一般的な倫理・恋愛観念からは逸脱した関係であっても、自分たちの個別の幸福のために必要であれば、彼はそれを肯定するのだ。
 貴明のこうした努力に対する物語の評価が、珊瑚の「すきすきすきー」=レベル3認定だ。元々、珊瑚にとって最大級の愛情表現たるレベル3に該当するのは瑠璃とイルファ(と彼女の妹たち)だけであり、貴明は「すきすきー」=レベル2だった。貴明が姫百合家の問題を解決した後の段になり、ようやく彼は珊瑚の「最愛の人」になるのだ。
 これは、珊瑚たちのために奔走する貴明の姿に恋したからではなく、全くその功績を認めたものと解釈すべきだろう。この人を好きになってもよい――この功利的なまでの判断に、嫌悪を覚える向きもあるかもしれない。しかし、これが三宅の、エロゲーに対する回答なのだ。
 正しい答えだけが、人を幸福にする。愛が幸福なのではなく、理解が幸福なのだ。愛≠理解(*22)。そして、セカイの謎を見通し、自らが望む結末を提示することは、すべての主人公が本来持ちうる特殊能力だ。物語の焦点を主人公の「能動的推理」に集約させた作劇は、三宅が用意した、エロゲーへのひとつの回答であるように思えてならない。
 そして、なにより素晴らしいのは、問題解決後の4Pセックスシーンだ。いや、その、単に4P最高という話ではなく、最高なのだが、物語の結末をちゃんとプリミティヴな快楽に結びつけているところが素晴らしいのだ。ややこしいストーリーの締めに、あまりにもシンプルかつ徹底した「ご褒美エッチ」。『こみパ』で描かれた男の夢が、ここに蘇ったのだ。これは、Leaf史上初の複数和姦だった。恐らく空前にして絶後となるだろう。
 ところで、このとき貴明は3人を相手にしたわけだが、後にはミルファシルファが控えている。従って最終的に姫百合家の夜は6Pまで発展するはずだ。6人での幸福な在り方、「たったひとつの冴えたやり方」を見いだしたとき、貴明はレベル5を超えてレベル6に至ったり(*23)するのかもしれない。してみれば、再びレベル1に戻るというのは、ちょっと受け入れがたい話だろう。姫百合シナリオの後に必要なのは、夢の6Pだけだ。(*24)だからこその『Another Days』なのかもしれないが。
 かように、姫百合姉妹シナリオは、既存のパターンをなぞってこそいないが、本質的には優れてエロゲーらしいエロゲーだ。ところが、逆に、流行りもの連鎖的パクリとタコツボ化で生まれた、本質的快楽に目を向けない、悪い意味でエロゲーらしいエロゲーシナリオも三宅は書いてしまっている。ささらシナリオだ。本稿は基本的に三宅を誉めそやすのが目的なので、ささらシナリオについては、三宅の「エロゲーとは何ぞや」という問題意識を示すもの、と指摘するに留める。(*25)
5.きれいなお姉さんは、好きですか
 本来なら『TH2』については姫百合姉妹の話しかしないつもりだったのだが、書いているうちにるーこの可愛さを思い出してなんともたまらん状態になってしまったので、るーこ・きれいなそらというエロゲー史上に残すべき(*26)ヒロインが誕生した素地についても書いてみたい。
 これまで書いてきた通り、三宅のシナリオにおいて、ヒロインとの恋愛関係の成立は主要な目的ではない。例外は『こみパ』の瑞希くらいで(それゆえ、瑞希自身の魅力は認めつつも、瑞希シナリオのストーリー展開はあまり高く評価できないのだが)、基本的に主人公は問題の解決をまず指向する。
 また、三宅の書くヒロインには、主人公とプレストーリー的な関係性を結んだ人物――端的には幼なじみや姉妹がほとんどいない。瑞希でよほど懲りたものか、明らかにメインライターという立場だったろう『TH2』で、三宅は「センター」(*27)たるこのみ・環の執筆を避けている。主人公に好意を抱くべき理由がある人物、というところまで範囲を広げても、立川郁美が含まれる程度だろう。
 端的に言えば、三宅のヒロインは、サーヴィスシーンを提供しない。主人公への興味や好意を示すことによってプレイヤーを惹き付ける存在ではないのだ。三宅はむしろ、ヒロイン自身をいかに魅力的な人物として描くかに精力を傾けてきたと言ってよい。
 『こみパ』の三宅担当(と言われる)シナリオの中で高評価を得たものといえば、まずは詠美シナリオ、ついで由宇シナリオだろう。言うまでもなく『こみパ』で最も「濃い」二人だ。同時に、「女性的な魅力」に欠ける二人でもある。容姿の問題もあるが、生々しい女らしさが表現されていたのはむしろ南シナリオや彩シナリオだろう。
 『こみパ』における三宅キャラクターの最大の魅力は、コメディリリーフとしての性能や、ストーリーに対する牽引力であり、「美しさ」ではなかった。漫画版『こみパ』での南・彩の存在感の薄さも理解できよう。
 後から考えれば、『こみパ』発売後の三宅は女性らしさの表現を課題としていたのかもしれない。『天いな』では、若く未熟で、人間関係で失敗を繰り返す女たちが描かれている。そこには、萌え的なプレイヤーサーヴィスでも、ストーリー上のパフォーマンスでもない、「仕草の説得力」が表れている。
 例えば、しのぶは木田に平手打ちをする。この手の高慢ちきな女が男を叩くのは実にありきたりだが、なかむらが手がけた立ち絵の素晴らしい出来映えもあり、このシーンのしのぶにはぞくっとするような色気がある。夕暮れの教室でギターを弾く雪緒も然り。恵美梨のヒステリックな言動然りだ。誰でも反応できるご褒美ではなく、ストーリー上重要というほどでもないが、通じる人には通じる女の色気。これを、ポジティヴな人格に適用したらどうなるのか? その答えが、ルーシー・マリア・ミソラこと、るーこ・きれいなそらだった。
 るーこは、貴明になにもしてくれない。朝起こしにくることも、弁当を作ることも、手を繋いでデートすることもない。サーヴィスシーンらしきものの全くないキャラクターだ。その茫洋とした表情からは、貴明への好意すら容易に読み取れない。
 ルーシーシナリオでは、ひたすらにるーこ個人の多面的な魅力が描写されている。桜吹雪を浴びながら眠る神秘的な美しさ。喫茶店で衆目を集める芸者的なエロティシズム。見ず知らずの子供のために、希少な「るー」の力を遣う慈愛と覚悟。「るーこ・きれいなそら」という名前に込められた誇り。(*28)ポップでキュートなヴィジュアルデザインに反し、るーこは、どこまでも「いい女」だ。そのあり方は貴明にも重い責任を強いる。ルーシーシナリオの結末は、るーこと貴明が示した「崇高さ」に対する、「るー」の大岡裁きによって成立するハッピーエンドだ。そこでは、永遠の愛を象徴して、「結婚」という契約が重要な意味を持つ。
 ここでも、主人公とヒロインが愛し合うことは、すぐさま幸福に結びつくことはない。二人はその愛を試され、貴明はるーこに釣り合う男であるかどうかを試されるのだ。道具立てこそ具体・抽象両極端でセカイ系的だが、これは映画の作劇に近い。
 姫百合シナリオが「ポルノゲーム」に対する三宅の回答だとするなら、ルーシーシナリオは「ラヴストーリー」に対する三宅の回答といえまいか。美形の役者による、崇高な愛の表現。恋愛否定の末にたどり着いた、三宅らしい「恋愛ゲーム」の姿だ。
6.ふたたび、ロッテリアにて
 三宅作品は面白いのか。
 この問いに回答することは、なかなかに難しい。今回取り挙げたような練り込まれた作品がある一方で、評価がメタメタな作品も存在するからだ。
 おそらく、三宅がLeafを離れ、「看板ライター」となって成功することは不可能だろう。Leafが誇る原画陣の傘の元で守られてきた面は否定できず、また、原画の能力・存在を最大限に活かした作品を送り出してきたことも事実だ。少なくとも『ToHeart2』までの三宅は、Leafに課せられた使命を正しく遂行してきた。三宅は、どこまでも「Leafの三宅」だ。
 ならば、三宅が再び大きな輝きを放てるかどうかは、エロゲー業界において、「恋愛ゲームの雄」たるLeafが果たすべき役割が残されているかにかかっているのかもしれない。

 *1 2010年10月1日施行。
 *2 2010年11月7日、第7戦にて日本一決定。MVPは今江敏晃
 *3 then-d’s theoria blog ver. http://d.hatena.ne.jp/then-d/
 *4 GODSGARDEN on USTREA http://godsgarden.jp/ 他、ニコニコ動画にもアップロードされている
 *5 『はじめの一歩』第86巻 Round821「猛獣の檻」
 *6 西尾維新表記。結局行き当たりばったりであることが多い。
 *7 RPGだし……。
 *8 今回ほどではないが、前回も相当ヤバかった。全作品プレイが不可能な程度には。
 *9 二桁。
 *10 というより、抜きゲーに偏っている。
 *11 『ToHeart2』は未プレイ。
 *12 前者は『銀色』、後者は『陵辱ファミレス調教メニュー』だと思われる。
 *13 『Pia♥キャロットへようこそ!!2』のメインヒロイン・日野森あずさシナリオでは、セックスシーンを通過するとバッドエンドとなる。
 *14 『臭作』における高部絵里脱ぐ脱ぐ詐欺については、ちゆ12歳に詳しい。 http://tiyu.to/permalink.cgi?file=news/02_12_19
 *15 葉鍵板年表 http://nippoudairi.2-d.jp/hakagi_ita/nenpyou/
 *16 神話の時代には、テキスト入力によって進行するゲームもあったと聞く。
 *17 性的な意味でも。
 *18 未だに信じられないが、設定上、透子は本当に不美人である。モテないのはわかるが。
 *19 『君が望む永遠』ですら、速瀬水月との肉体関係には恋愛感情が伴っていた。
 *20 過去の『ToHeart2 XRATED姫百合姉妹シナリオ言及まとめ - 猫拳@はてな http://d.hatena.ne.jp/catfist/20101114/1289746255
 *21 『ToHeart』の志保シナリオは、継承すべき伝統とは考えられていなかったはずである。
 *22 『ストーンオーシャン』Act.75雑誌掲載時アオリ文より。 http://atmarkjojo.org/aori/riyuu.html ジョジョを否定するつもりはないが、人間なかなかジョースターほど上等には生きられまい。
 *23 クローンを2万人殺せばレベル6になれるのだから、極上の美少女を5人同時に抱けば楽勝であろう。
 *24 ちなみに、ぼくが構想している姫百合シナリオアフターストーリーは、メイドロボ三姉妹がマルチと邂逅するエピソードと、姫百合姉妹と貴明の死後におけるメイドロボ三姉妹の人生を描いたものの二つがあるが、いずれも6P前提である。
 *25 ささらというヒロインが、後述の三宅らしさとは全くかけ離れていることは明らかであろう。
 *26 今からでも遅くない。
 *27 AKB48的表現。
 *28 ベジータという名前に匹敵するほど。

片岡とも――私的体験としての(『恋愛ゲームシナリオライタ論集 30人30説+』収録)

1.片岡ともという時代
私は片岡ともの熱烈なファン――でした。そう、過去形で表現すべきでしょう。
私がプレイした彼の作品は半数以下、『銀色』から『ラムネ』までのものだけですから、これでファンを名乗り続けるのもおこがましい。しかし、それでもなお私のエロゲー体験において、片岡ともはやはり、特別な存在でした。それは、時代というものがそうさせたのだと、今となっては思います。
私がエロゲーの世界に入ったのは2002年でした。当時は、LeafとKey、いわゆる葉鍵の時代が終わり、次代を担うメーカー・クリエイターが覇権を競いあう状況にありました。そのポスト葉鍵世代において、片岡とも属するねこねこソフトは有力なプレイヤーの一翼に数えられました。
このいわば戦国時代は、2004年の『Fate/stay night』発表をもって、TYPE-MOON奈須きのこの覇権形成という形で終焉を迎えます。従って、ポスト葉鍵時代というものを区切るとすれば、有力なプレイヤーがデビューした1999年から、『Fate』が登場する2004年まで、ということになるでしょう。
そう、私がプレイした片岡とも作品は、まさにこの期間に発表されたものに限られています。それは、私にとっての片岡ともが、ポスト葉鍵という時代と切り離せないものであり、かつ、同世代の諸作品の中でも、特異な意味を持つものであったからです。
2.Keyとの関係
片岡ともの創作活動は、同人ゲームサークル・ステージななからスタートしています。(ただし、このときは原画家として。)そこで制作されたのは、Key作品の二次創作です。ポスト葉鍵世代のシナリオライターに、葉鍵作品の影響を受けていない人はむしろ少ないでしょうが、二次創作出身というのはやはり特異な立ち位置といえます。
多くのシナリオライターは、葉鍵のもたらしたものに立脚した上で、自らの表現を突き詰めていきました。そこにあったのは、葉鍵に対する加算の思考、ノベルゲームというフォーマットに新しいアイディアを付け加えようとする態度です。
片岡ともが行ったのは、真逆のアプローチでした。彼はむしろ引き算を――つまり、葉鍵作品の特定の要素に着目し、それ以外の部分を削ぎ落とすという方法論をとっています。
それは、葉鍵の総括とも呼べる運動であり、彼にとっての葉鍵がどういったものであったのか、という告白でした。
つまり彼は、表現者である以上に語り部であった、といえるのかもしれません。奈須きのこ虚淵玄鋼屋ジン、王雀孫、田中ロミオ星空めてお――彼らエンターティナー、あるいはアーティスト、あるいはクリエイティヴと表現すべき才人たちに比べ、片岡とものシナリオは、木訥として飾らず、ある種の禁欲性に満ちています。そして、“美少女ゲーム”を市場として開拓しようと試みた諸ゲームメーカーと比較して、彼の率いたねこねこソフトの“反利益主義”とも言うべき経営姿勢は、異常とも表現しうるものがありました。
作品外においては多弁な作家であった彼の発言を、私は積極的に追っていたわけではありませんので、想像に拠るしかありませんが――二次創作サークル・ステージななとしての活動は、そうした作風と軌を一にするものだと考えることは、不自然ではないでしょう。そして、彼の私的な経験を直接的に反映したモティーフが、作品にしばしば見られることもまた、私的体験としての葉鍵を表現しようとする運動と一致した現象であると、私には思われるのです。
従って、私にとっても、片岡ともを客観的な視点で評することは、困難である以上に無意味ではないかと思われました。よって、あくまでも当時の私が触れた、私的体験としての片岡ともについて、本稿では述べることをご了承ください。
前置きが長くなりました。まず、彼にとっての葉鍵とはなんだった、ということを検討してゆきます。それを端的に表すのが“日常”です。
3.積み重ね、繰り返し、リフレインする“日常”
ねこねこソフト初期の二大傑作にして、今もってメーカー代表作といえる作品が『銀色』と『みずいろ』です。“ふつうのギャルゲーを目指して…”というコピーを冠し、事件ともいいがたい出来事を綴った『みずいろ』はともかく、中世をも舞台とし、明らかな悲劇性を帯びた『銀色』を日常を描いた物語と評することには抵抗があるかもしれません。
しかしそれは、『銀色』で描かれる日常が、プレイヤーの経験する日常と異なるにすぎません。繰り返される日々の中、積み重ねられるなにものかを描く物語が、日常を表現していないとどうしていえるでしょう。
“繰り返し”と“積み重ね”、そしてその中でリフレインされる特定の“モティーフ”――これは、片岡とも作品を読み解く上で重要なキーワードです。
全五章のオムニバスで成る『銀色』において、片岡ともは一章・五章(エピローグ)を担当しています。一章で描かれるのは、ヒロイン・名無しの少女の、人権を剥奪された娼婦としての日々と、野盗の男・儀助の、山を通る旅人を襲い、その日の糧を奪うのみの日々が交錯し、共に潰える様。そして、月、蛍、握り飯・あやめの花といった、数々の印象的なモティーフです。
握り飯は二人の日常の“積み重ね”によるかすかな変化を象徴しています。自らの生に意味を見いだし得ず、従って他人の命にも守るべき価値を認めなかった儀助は、名無しの少女との出会いにより、襲った相手を殺さず見逃すという選択を、初めて行うことになります。
結果として、この選択が山に武士を呼び込み、二人の死につながるのですが、この作品を私がすばらしいと感じるのは、そこに一切の肯定も否定も持ち込まないことです。
儀助は改心したわけでもなければ、生きるため他人の命を奪うことに抵抗を覚えたわけでもありません。ただ、殺さないことで少し気分がよかった。少女と共にいることで、少し寂しくなかった。二人でいることで、自分が生きていた証拠を残し得た。それは、ただただ“繰り返し”と“積み重ね”のみによって、もたらされたものです。
「生きた証が欲しい」――名無しの少女が実存を求める叫びの象徴であったあやめの花、その真の意味が明かされるのが五章です。自らの死を目前に、わが子を生かそうと地を這いずる女・こずえ。彼女が、最期に目にしたものこそ、野に咲くあやめの花でした。彼女こそ、人生になんの楽しみも幸せも得ることなく息絶えた名無しの少女の母であり、少女が終生知ることのなかった自らの名が、すなわち“あやめ”だったのです。
幸福や恋愛といった手垢の付いた概念に毒されない、純粋な生の実存――私的体験。これが、片岡ともが描き続ける“日常”の先に見いだされる価値観であり、おそらくは、彼の信念とも呼べるものでしょう。
これは、葉鍵の提示した“日常”とは、似て非なる表現です。葉鍵における日常とは、与えられたものであり、守るべきものであり、奪われるものであり、辿り着くものでした。それは明らかに積極的な価値を付与された“楽園”といえます。
これは、特に葉鍵に限った話ではありません。そもそもエロゲーにおける“日常”概念は、選択分岐型AVGというスタイルと密接な関係にあります。それは、ごく乱暴にいえば“共通シナリオ”の文学的表現であり、“なにかが起こる前の状態”、非日常と常に対置されるものです。その“日常”に焦点が当てられるとき、それはモラトリアム的心性と結び付き、“失われようとする幸福”の象徴として立ち現れてきます。
それに対し、片岡とも的な“日常”は、ただ日常であり、失われることも奪われることもありません。生まれてから死ぬまで、一生涯すべて、これ日常なのです。宮台真司曰くの“終わりなき日常”という時代性に関連付けて語ることもできましょうが、“私的体験”への執着という観点からすれば、日常がただ日常として終わりなく在り続けるという観念は、自然に納得できるものではないでしょうか。こうした“日常”は、具体的な技法としても発見することができます。
例えば、片岡とも作品には“伏線”がありません。謎を解くことによってキャラクター・プレイヤーの認識が転回することがないのです。“あやめ”にしても、『みずいろ』日和シナリオにおける“ストローの指輪”にしても、『ラムネ』七海シナリオにおける“光るサカナ”にしても、それは作中でリフレインされるごとに意味を積み重ねられてゆくにすぎず、当初の投影された意味合いからぶれることもありません。それは、『AIR』の操り人形というモティーフがもたらす、往人と観鈴の関係に対する認識の劇的な転回とは、好対照をなすものといえましょう。
また、『みずいろ』における、プロローグ(過去編)時点でのシナリオ完全分岐もそうです。『Kanon』に見られる、選択分岐による過去の事実のゆらぎは、『みずいろ』にはありません。積み重ねられた事実・記憶は決して失われることなく、将来に渡って影響を及ぼし続けます。
葉鍵以来、エロゲーのシナリオにおいて重要とされる“トラウマ”に対して、こうした“日常”描写は新たな見解をもたらします。切り離された過去の出来事が現在を規定するのではなく、ただ、過去と現在を一貫した“日常”がつないでいるだけなのです。すなわち、幼少期の体験は“心的外傷”ではなく、そのまま“人格形成”として描かれることとなります。
従って、リフレインされるモティーフは過去から蘇る亡霊ではなく、永遠に現在進行形で語られるものなのです。ただし、積み重ねられる生の実存として――健次と七海の勝敗のように。
葉鍵的でいて、全く正反対でもある。相反する性質を併せ持つこうした“日常”概念は、葉鍵的なるものに対するジンテーゼともいえます。そしてそれは、まさしく“私的体験としての葉鍵”であるゆえに、現れたものではないかと、私には思われるのです。
4.幼なじみへの執着
片岡ともの“幼なじみ”に対する強いこだわりについては、今更指摘するまでもないでしょう。ねこねこソフトの“青系ライン”、すなわち『みずいろ』『ラムネ』そして最新作『そらいろ』の三作品すべてにおいて、片岡ともは幼なじみのメインヒロインを描いています。(もっとも、これらの作品は幼なじみだらけなのですが。)
繰り返され、積み重ねられる日常が、幼なじみという形を取って現れることはごく自然といえます。一方で、これはある種の古典的な幼なじみ像を否定するものでもあります。
エロゲーに限らず、恋愛を扱った作品において、幼なじみという“属性”はしばしば恋愛の妨げになります。互いに異性を意識する年頃になったものの、近すぎる関係ゆえにかえって恋愛には至らず、なにがしかの突発的なイヴェントによって従来の関係が破壊され、ようやく結ばれる――というのが、ラヴストーリーにおける典型的な幼なじみ像でしょう。近年の作品でわかりやすい例を挙げるなら、『ちぇりっしゅBOX』でしょうか。
しかし、片岡とものドグマは“繰り返し”と“積み重ね”です。二人は恋人同士になったとしても幼なじみをやめるわけではなく、その差異はまさしく空や海の色のごとく、グラデーションめいて曖昧です。幼い頃に交わした結婚の約束がそのまま叶えられる日和シナリオなど、ベタすぎてかえって他に類を見ないといえます。
こうした幼なじみの物語は、当然ドラマ性を欠き、退屈の謗りを免れないものとなります。しかし、その欠点を補うのも、また“繰り返し”と“積み重ね”です。モティーフのリフレインによって、なにごともない日々の出来事が重大な意味性をもって迫ってくる様は、独特の感動をもたらしてくれます。これもまた、長さがもたらす感動――葉鍵がもたらしたもの、それに対するジンテーゼといえましょう。葉鍵的テーゼとしてのそれは、ある意味では、膨大な日常シーンの山が崩壊することで成るものだからです。
片岡ともが、いわゆる“トラウマ”に基づくそれに近い作劇手法を用いながらも、その展開においては極めて特異であることはすでに述べました。それは、主人公とヒロインの関係性の扱いにおいてより顕著になります。
葉鍵後のエロゲーにおける主人公とヒロインの関係は、“呪い”であるといえます。それは逃れ得ぬ宿命であり、悲劇を内包する運命であり、主人公は自らの意志と隔てられたところでヒロインと関わらざるを得ません。物語の実質的な“主人公”はヒロインである、という言説にも頷けるものがありましょう。
そこで、ポスト葉鍵作品の多く――例えば『斬魔大聖デモンベイン』は、呪いを祝福にすり替える“解呪”を行い、ヒロインの物語に関わる主体的な意志を主人公に与えた『Fate』がポスト葉鍵時代を終わらせることになります。また後には、“過去に犯した罪”と主体的に向き合う主人公を描いた『ロストチャイルド』という傑作も生まれるのですが、片岡ともの回答はやはり、そのどれとも異なるものでした。
彼はそもそも、ヒロインとの関係を呪いとはしませんでした。といって、単に祝福と定義したのでもありません。それは自己の拠って立つ根拠であり、あえていうなら“救い”でした。ただしそれは、自らの抱えるなにがしかの問題を解決してくれるからではなく、そこに己の歩んできた生が刻み込まれている、ただそれゆえになのです。
日和と七海、それぞれの理由で主人公との断絶を経験する二人の幼なじみは、その運命に悲劇を内包しつつも、それによって印象づけられてはいません。むしろ、悲劇に耐え、立ち続けるための根拠となる“日常”こそが、力強く描かれています。
それは、生の根拠なき全肯定でした。幸福であったからでなく、ただ互いが互いであるゆえに、健二は日和の、七海は健次の帰りを待つ。つまり、それは愛でした。恋ではなく、最初から愛であるゆえに――彼らは従来の関係性の断絶を必要とはしなかったのです。
これは、葉鍵がもたらした“毒”に対する、明確な回答といえます。それは解毒ではなく無毒化――究極的なデトックスです。
5.旅と病院
片岡とも作品において、しばしば現れるモティーフが“旅”、そして“病院”です。これは、彼の私的体験を根拠としたものでしょう。どうやらツーリング趣味があるようですし、詳説は避けますが、『ラムネ』スタッフコメントでは、彼の“病院体験”について語られています。
従って、これらのモティーフは、次第に商業的活動から離れたところで描かれるようになっていきました。無料おかえしCDから始まった120円シリーズ第2編『120円の冬』では全編が“旅”となり、そしてフリーソフトとして提供された『narcissu』は、まさしく“旅”と“病院”にまつわる物語となっています。
旅は慣れ親しんだ日常を離れる行為であり、病院は死に限りなく近い場所です。つまり、これらのモティーフは“日常”と対極に存在するものといえます。では、そこには日常は存在しないのか――否、そうした一見非日常的なシチュエーションにこそ、繰り返し積み重ねられる日常性を見いだすことが、片岡ともの真骨頂なのです。
通過儀礼”という言葉があります。“旅”やある種の“臨死体験”(バンジージャンプがそれです)などは、己の人生を区切り、大人としての新たな人生を踏み出す儀式として、各地の風習に残されています。また、非日常的体験を“通過儀礼”として描くジュヴナイル・ロマンの例も、名作『スタンド・バイ・ミー』を初めとして、枚挙に暇がありません。
線路の最果てを目にする『120円の冬』、異郷の地で死にゆく者の義務を継承する『narcissu』は、まさしくそうした“通過儀礼”的な物語です。
にもかかわらず、これらの作品があくまでも“日常”を描いているといい得るのはなぜなのか。シナリオ分岐が存在しないため、システム的な日常/非日常の分離がありえないという理由は指摘できます。二日以上の繰り返しはすでに日常であり、その日常が“通過儀礼”の前にも後にも存在することはもちろんです。しかしなにより、“非日常”から徹底してファンタジー――特別な出来事を排除する、片岡ともの姿勢があります。
『120円の冬』において小雪が目にする“星”は、どこにでもある電飾です。『narcissu』で旅の果てに辿り着く淡路島は、人生観を変えるような美景ではありません。そして彼らは、試練と呼ぶにはあまりにみみっちい、無賃乗車や窃盗に手を染めます。
旅で出会えるものは、旅に出なくても見つけられるものでしかなく、死に接して感じられるものは、それまでの人生で身の回りにあったものにすぎません。それはむしろ、なにかを――免許証を必要とする未来や、コンタクトレンズを――落としてしまったために、たまさか目に入る、それだけのものなのです。
しかしそれは、彼らの体験が無価値であるということにはなりません。非日常は日常であるゆえに、日常と同じように尊いのです。それは、今そこにある生の実存を“確認”する行為といえます。そして、その“普段と異なる日常”にのみ存在するヒロインとの関係のために、それは一編の物語たりうるのです。
それはつまり、認識の変容を描いた物語といえます。その意味で、『俺たちに翼はない』との比較は可能でしょう。ただし片岡ともにおいては、過去の“日常”は死なず、変容を飲み込んで在り続けることに留意しなければなりません。世界は薔薇色ではない――それを肯定できることが尊いのです。
6.私が片岡ともに見いだしたもの
エロゲーマーという言葉は、現在ほぼ死語になったといえるでしょう。
それは、葉鍵とともにもたらされた在り方でした。現代思想エロゲーを論じ、プレイヤーは“エロゲーをプレイする私”という実存を獲得しました。それは、web上においては、エロゲーレビューサイトの隆盛と軌を一にするものといえましょう。
安易な言い方をすれば、エロゲーが文学性を獲得したということになります。それは、エロゲーの在り方が、プレイヤーの在り方をも規定することを意味しています。
そうした状況を端的に表していたのが、“休日シリーズ”でしょう。これは、エロゲーヒロインのPOPや抱き枕を抱えて旅に出、“記念写真”とともにその情景を綴ったコンテンツ群です。
CLANNAD』の登場を待つまでもなく、エロゲーは人生だったのです。私にとってもそうでした。大げさに聞こえるかもしれませんが、私の人生は、エロゲーをプレイするためのものに変わってしまったのです。エロゲーは、私たちの実存と、わかちがたく結びついたものでした。
しかしそれは、エロゲーのストーリーが、ではありません。すくなくとも私にとっては、“エロゲーが”だったのです。映画を人生の友とする人が、映画館で映画を観ることにこだわるように、私は――私たちは、エロゲーという私的体験を人生の伴侶としたのです。
しかし、ポスト葉鍵時代の作品群は、読み物としての強度を高めることに狂奔してゆきました。エロゲーは、そのストーリーが優れているゆえに“文学”たりえたのではないのです。ソフトを買い、マウスをクリックし、選択肢を選び、ヒロインと結ばれる、その一連の体験が“人生”だったのです。
私が片岡ともを信仰したのは、そうした“人生の伴侶”たるの作品を提供してくれたためでした。“ふつうのギャルゲーを目指して…”――片岡とも作品は、体験としてまさにエロゲー的であり、そうした私の生を肯定するものだったのです。
私にとってのエロゲーとは、キャラクターとともに人生をまっとうすることでした。そのためには、彼らの生が幸福であることも、劇的であることも必要なく、ただ実存だけが重要だったのです。実存の肯定だけが救いだったのです。ゆえに、『120円の冬』は、私にとっては確かにエロゲーであり、その金字塔ともなりました。
――私的体験としての片岡ともについて書いてきた以上、私と片岡ともの別れがいかなるものであったのかを語ることが、本稿の終わりにふさわしいでしょう。
『ラムネ』をプレイして、片岡ともが描くものが、エロゲーという体験から、彼自身の、誰とも共有できない私的体験に移りつつあることに、私は気付きました。共有体験とは結局のところ幻想にすぎないとすれば、それは単なる幻想の終わりであったでしょう。そして、“映画的”を標榜する『朱 -Aka-』の出来に幻滅し、まさしく“映画的”な『スカーレット』の発表を見たとき、私は、エロゲーが私のリアルでなくなったことを、認識したのです。
これが、私が体験した、片岡ともという時代です。それは“通過儀礼”のように、ある時期を境に終わりを告げました。しかし、それは私の中から片岡ともが消えることを意味しません。私の日常は、彼という存在を織り込んだまま、繰り返され、積み重ねられ、今なおリフレインし続けているのです。

『恋愛ゲームシナリオライタ論集 30人30説+』および『恋愛ゲームシナリオライタ論集 +10人×10説』寄稿原稿公開について

サークル「theoria」より発行の上記同人誌について、主催のthen-d氏より、完売を受けてのweb公開の要望を受けた。
ので公開します。
『恋愛ゲームシナリオライタ論集 30人×30説+』掲載原稿リンク集(http://d.hatena.ne.jp/then-d/20120618/1340112564
『恋愛ゲームシナリオライタ論集2 +10人×10説』掲載原稿リンク集(http://d.hatena.ne.jp/then-d/20120619/1340129355