「涼宮ハルヒ」と『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』が関連して論じられていない気がしてきたので論じてみんとす。

涼宮ハルヒ」の文体上の特徴はキョンの饒舌かつ軽妙な一人称にある。そしてキョンの特徴として言われるのが、彼は「信用できない語り手」であるということだと。彼はハルヒSOS団への愛情を語らないからだ。それが明らかに「ある」にもかかわらず
では「信用できない語り手」はどういった作品テーマに繋がるのか。以前述べたように谷川流の作家性は「砂上の日常を、それほど必死でもなく生きる姿」にある。それこそが日常を失う恐れ、日常への愛着を際立たせると。キョンのスタンスもこれに沿うものである。
逆に読者の側から、ハルヒへの愛情を明らかにしないキョンへの要請は出てくるのか。ひとつ指摘できるのは「負い目」だと。我々は自らの欲望のために、自分より遥かに魅力的で優れたヒロインを消費している。してみるとヒロインの輝きに対して自己の卑小さが浮き彫りになると。
そして、キョンハルヒへの愛情を明らかにしないことによって発生した物語展開上の問題は、物語が動かなくなってしまうことだと。明らかにしないだけで愛情は陥落レベルなので、他のヒロインに揺れない。自覚するという変化もない。ハルヒキョンを愛してしまっている。どうにも動かせない。
では、「涼宮ハルヒ」の語り口を活かして、物語のダイナミックな展開を可能にするにはどうすればよいか。回答のひとつとして『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』が挙げられる。
俺の妹がこんなに可愛いわけがない』について。京介は信用できるのか。言うとおり妹が嫌いなのか。解釈が分かれているが「できる」と判断する。少なくとも彼は妹に恋してはいないし、百歩譲っても結ばれることはありえない。なぜなら実妹だから。
そう、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』では、「涼宮ハルヒ」と同じように、1巻終了時点で主人公とヒロインは互いに陥落している。しかしそれは、恋ではない。それゆえに恋愛関係のダイナミックな展開が可能となっている。
俺の妹がこんなに可愛いわけがない』では、主人公を鈍感にするのでも、愛情表現させるのでもなく、事実・設定を動かしてしまった。「主人公はヒロインに恋していない」と。
俺の妹がこんなに可愛いわけがない』では、物語の軸は、主人公とヒロインの恋愛に代わって、兄妹の絆になっている。これが面白いのは好意ですらないことだ。京介が桐乃を守ろうとする理由は複雑かつ多様であり、すべてが真実である。
桐乃は恋愛対象ではなく、従って関係の「完成形」もそこに至るプロセスもない。シリーズ全体のオチをどうするのかは不明だが、これにより京介と桐乃の周囲を巡る循環的人間関係によって物語を駆動することに成功している。
では主人公/読者からヒロインへの「負い目」はどうなったか。これはそのまま残っており、京介は「だから桐乃が嫌い」とまで断言している。これは桐乃への愛情の誤魔化しなどではなく、一面の真実である。
京介は桐乃に負い目をもっており、違う世界に生きる者として認識している。それでもなお/それゆえに、「兄」として京介は桐乃に関わっていく。関わらざるを得なくなる。ここに、京介が桐乃に近づく、ではなく、「桐乃の世界に近づく」という運動が生まれている。これは循環的人間関係とも符合する。
ヒロインの世界に近づくといえば現代学園異能であるわけだが、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』では全キャラクターが「現実/日常」の範囲内に属し、日常と非日常の往還による個人的成長や、日常への一方的還元ではなく、全体がコミュニケーションにより豊かになってゆく。極めて健全。
まとめると、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』は、「主人公がヒロインの世界に関わってゆく」「主人公とヒロインの関係を軸として、その周囲の関係性が変化する」という二つの運動で成り立っており、「涼宮ハルヒ」の「物語が動かない」という欠点を克服している。
キョンハルヒへのスタンスが結論の先延ばしだったのに対し、京介の桐乃へのスタンスは最初から結論の出ない問題への継続的取り組みであるということ。従って物語のトーンは明るく前向きである。
で、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』でいくら物語が動くとはいえ、それは必ずしも一方向的なものではない。動くは動くが進まない。従って達成のカタルシスを得にくい。この点では「涼宮ハルヒ」よりも後退しているとすらいえる。萌え4コマ的な時代性と言い切ることもできなくはない。
しかし『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』では、結末に結びつかない個別的かつミクロな達成が小さく繰り返されていることを見落としてはならない。それは必ずしも物語を先に進めるものではないが、常に日常に還元され続けている。これのあるなしは全然違うよ。

涼宮ハルヒの憂鬱 (角川スニーカー文庫)

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