『生徒会の一存』プロトコルとしての苦悩

原作は未読。
生徒会の一存』を評する上で設定する問題は、「困難がなければ日常は輝けないのか」としたい。
鍵が過去の辛い出来事を生徒会と関わることで乗り切れた、というのは感動的な話に違いない。問題は、それを描写するのにいちいちダベりを全部描く必要があるのかってことだ。
結論から言うと、『生徒会の一存』では、過去は「すでに乗り越えられている」。ダベりをコンテンツにするならそうすべきで、つまり過去の苦しみに焦点を当てることこそ避けるべきだ。
で、「杉崎の努力の過程が省略されている」そうだが、それは正しいと思う。なぜなら、鍵が誇っているのは現在行っているダベり空間を維持するための努力であって、そこに到るまでの苦労ではないからだ。
だからこそ、なんの苦労もしていないくりむがメインヒロインであるわけだし。くりむは、「かつて鍵が二人の女の子と傷付け合ったこと」はわからないが、「今は幸せなこと」はわかるし、認める。千弦たちは鍵の苦しみをこそわかっていたのだが、くりむは忘れている。今の幸せだけが重要だから。
鍵が苦しんだからこその想い、というのは確かに『生徒会の一存』をやる上では切れない。だからそれを聞くために中目黒が必要だった。これはヒロインが聞いて惚れる類のイベントじゃない。原作でどうだかは知らないが、アニメ版は確かにこれでいい。
もちろん、それはそれ、今は今、というのを示すためにあらかじめ真冬が告白していなければならなかったわけだ。そして、かつて鍵がしていたような互いを傷付け合う恋愛ではなく、「俺のハーレム」が好きです、と。
生徒会の一存』に関する議論がややこしくなるのは、ヲタネタ・メタネタで描かれる生徒会室の「日常」がカッコ付きのそれ、つまり「非日常」と対置され、「何も起こっていない状態」として特に意味付けられるものだからだ。
カッコ付きの「日常」である以上、それは「何も起こっていないこと」自体に価値を見出されなければならない。
『ばけらの!』においてはリアルとの紐付け、『ラノベ部』においては「物語」が崩壊したキャラの自主的語り、『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』ではヒロインと結ばれないラブコメ、という形で「日常」は意味付けられた。では『生徒会の一存』ではどうか。
生徒会の一存』における「日常」とは、過去のトラウマ=「非日常」を乗り越えた先にある幸福だ。そして、「日常」側をコンテンツとして提示する以上、「乗り越える過程」が過剰にフォーカスされてはならない。「苦しみを乗り越えたからこそ現状が幸せ」では意味が違ってしまう。
では。「何も起こっていない状態」である「日常」とは、苦しみがなくても輝くのだろうか。そうなのだ、ということを言っているのがくりむの存在なのだが、じゃあくりむ萌えるか、という話になってくる。正直鍵と中目黒のほうが可愛いわけです。
かつて鍵が経験した恋愛よりも、「俺のハーレム」のほうが美しい、というのは、だから欺瞞だ。本当は鍵のキャラクターとしての価値はかつて苦しんだことにある。しかしそれが欺瞞だからただちに無価値か、というと素直に頷くことはできない。
くだらなく、つまらなく、無価値な「我々の日常」と「碧王学園生徒会議事録」を繋ぐものが鍵の苦しみだと。要するにダベりをフィクションとして我々が楽しむにはそうした欺瞞が必要であると。こなたの母が死んでいなければならず、あずにゃんが泣かなければならなかったのはそのためだ。
本当に取引されているのは碧王学園生徒会の、こなたたちの、桜高軽音部の「何も起こっていない日常」であるが、しかしプロトコルとして苦しみや葛藤や達成がなければならない。少なくとも我々の多くにとっては。
だから、『けいおん!』に物語がないというのは半分正しい。「有意な物語はない」。それは「日常」を伝達するプロトコルにすぎない。
アニメ『生徒会の一存』が、『らきすた』や『けいおん!』に比べてスマートなのは、「非日常」「物語」「葛藤」が、プロトコルであってコンテンツではないことに気づいているからだ。泣かせ方が「半分本気」だよねアレ。
「非日常」がプロトコルであるからこそ、それは通奏低音的に、全編に渡って流れている。過去を乗り越えるために得た、エロゲー、腹黒、熱血、男嫌いは、彼らのパーソナリティーとして根付き、常に発露している。
シリアス回でだけ突然シリアスになる『らき☆すた』『けいおん!』がちょっと不恰好なのはそゆこと。『らき☆すた』なんかまるで「友達の輪を広げていってダンスに辿り着く話」のように見えてしまうが、それはもちろん間違いだ。ああいう形だと「非日常」がコンテンツに見えてしまう。
あえて文句を付けるなら、鍵がエロゲープレイヤーとしての、それこそ神にーさま的な挟持を持っていないことだが、これは原作に責任を帰してよかろう多分。「全てのエロゲーはハーレムエンドを標準装備すべきだ!」とか言ったほうが面白いと思う。
で、「困難がなければ日常は輝けないのか」を言い換えると、「我々は『何も起こらない日常』を『非日常』というプロトコルなしで受容できるのか」ということになる。できる人もいる、ということは漫画『けいおん!』でわかる。じゃあそれでオッケー、としていいのか。
そして、プロトコルである「非日常」「物語」と、コンテンツである「日常」、生き残るのは果たしてどっちなのかと。ぼくは、プロトコルなしの「日常」は受け入れ難いと感じるし、シリアス必須ならシリアス軸に組めやと思う。
Wikipediaの記述を見る限り、原作『生徒会の一存』はシリアスがやりたくて書いてるんだろうなという気がする。そうだとすれば、欲を捨て切れてないということになる。伏見つかさですらガチ近親ラブをやりたい欲を捨て切れないんだから、むべなるかなだが。
京アニの『らき☆すた』『けいおん!』は、原作よりシリアス度が上がっている。『とらドラ!』もそうだと言っていいだろう。『ひだまりスケッチ』『スケッチブック』あたりのアニメ版は未見だが、この手のアニメ化で、原作よりシリアス度が大幅に下がったのは『生徒会の一存』が初ではなかろうか。
この手の、というのは、ダベり系、という極めておおざっぱな括りによるものだが。だから『ARIA』は含まない。『生徒会の一存』が直接参照しているのは明らかに京アニであるから、まあそのラインで喋るとして
シリアス必要度が4コマ<アニメ<ラノベだと言ってしまえばそれで解決する問題ではあるが、あえてアニメ『生徒会の一存』はシリアスが見せ技であることを発見した、と言いたい。
萌え4コマのシリアス必要度が低い、というのは経験的に了解されるだろう。それがメディア特性によるものなのか文化によるものなのかはそれなりに検討を要するが、それよりラノベ・アニメでそのまんま萌え4コマはやれないのか、やれないとすればなぜか、というのが重要に思う。

生徒会の一存』に関する問題。

主に対原作。

リリシアはハーレムに入れなくていいのか。

鍵は自分の愛する人を全員幸せにしたいだけであって、全人類を幸せにしたいわけではないから、入れなくていい。しかし、そうすると鍵に片思いする人はどうなるのか。まあリリシアは自ら身を引くのだろうが、それで済ましたら鍵は身勝手だ。

ほんとにハーレムなんか成立すんのか。

普通はしない。で、生徒会を成り立たせているのは鍵なのだが、それが恋愛に踏み込むなら、鍵の人格だけでは成立しない。もう一人、ハーレム成立要素が必要で、それはくりむだ。くりむは後宮の主として振る舞えるのか。
ちなみに、王様+後宮の主の人格によってハーレムが成立している例といえば、「皇帝陛下は15歳!」。桜野くりむはソリュータたれるか。

そもそもハーレム成立の可否を問うのか、問うべきなのか。

まず、ハーレムが成立するにはくりむがデフォルト以上の機能を果たさなければならない。よって成立しない可能性がある。原作では問いがあるということだが、それ言ってよかったの?
ハーレム成立の可否を問うべきなのか。ここで、林檎・飛鳥との関係と、「俺のハーレム」が同じ法則性に則るものなのか、ということをまず確認する必要がある。林檎・飛鳥との関係は、三角関係だ。じゃあ「俺のハーレム」はどうか。
ここで注目すべきはもちろんエロゲーというファクターだ。「俺のハーレム」がエロゲーにおけるハーレムルートであるとまんま解釈すれば、それは並行的な「主人公」と「ヒロイン」の関係と、基礎となる「場」によって成り、同時攻略は二股にはならない。
しかし、『生徒会の一存』の世界観においては二股は二股である。従って、「俺のハーレム」は例外的な状態であるといえる。ではどういう意味で例外的なのか。ひとつの解釈は時限性であり、いつかは通常の恋愛関係に収斂するということ。椎名姉妹が転校することから、ハーレムはそこまで、となる。
今ひとつの解釈は、関係者が例外だということ。つまり、生徒会メンバーは二股を許容するので、ハーレムが成立するという解釈。前述の通りここではくりむの役割が問われる。
「俺のハーレム」が時限性であっても、関係者の例外性によるものであっても、ハーレム成立可否を問うことは問題ない。結論が出るから。問題は、何ら理由なく、単に物語都合上例外的なハーレム状態が成立している、という場合。この場合は結論を出さずに終わらせなければいけないので、可否を問えない。
ぼくが原作『生徒会の一存』を読むとすれば、このあたりの疑問を確認しつつということになるが、今のところ読める気がしないのだった。

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